「原稿料」と「単行本印税」 収入源はふたつになったが?

 続いて1970年代になると、現在も一般的となっている連載作品の単行本化が普及していきます。それまでも「貸本マンガ」など描き下ろしの単行本はありましたが、よほどの人気作でも雑誌に載った作品が単行本化されることは稀でした。もとより児童向けの読み物として発展したこともあり、雑誌で読んだものを単行本で買う読者がいるとは、出版社は考えていなかったのです。特に大手出版社は、雑誌自体の売れ行きが好調で黒字だったため、単行本を軽視していた風潮がみられます。

 そんな折、1968年にコダマプレスの「ダイヤモンドコミックス」、朝日ソノラマの「サンコミックス」、秋田書店の「サンデーコミックス」、小学館の「ゴールデンコミックス」などの単行本レーベルが立ちあがります。

 これらのレーベルから発売される作品は、すでに連載が終了して当時の時点で名作と評価されているものがほとんどでした。しかし週刊少年キングや週刊少年マガジンでの連載を経て、秋田書店の雑誌『冒険王』で連載を始めていた石ノ森章太郎先生の『サイボーグ009』が、サンデーコミックスから出て大ヒットしたことをきっかけに、マンガ雑誌を持つ大手出版社も連載作品の単行本化に、積極的に取り組むようになります。

 これによって漫画家さんは、1970年代には連載時の原稿料と単行本の印税という、収入の「両輪」を持つようになったのです。

 その後、1980年代から1990年代前半にかけて社会全体の好景気に伴い、マンガ業界も雑誌・単行本とも好調に売れ行きを伸ばしていきます。現在に至るマンガブームの始まりです。

 1984年にはマンガ雑誌の総発行部数が10億部、単行本の販売金額が1000億円の大台を突破。創刊号の発行部数が 10万5000 部であったという「週刊少年ジャンプ」は、1980年には300万部、1989年には500万部、そして1994年には歴代最高の653万部の公式発行部数を記録し、新聞の全国紙よりも売れているマンガ雑誌であるとニュースになりました。

 おそらく、物価と原稿料の上昇が連動しなくなったのは、この時期だと思います。残念ながら70年代から80年代にかけて具体的な原稿料の額について触れている文献は見つからなかったのですが、これまでの大卒の初任給と原稿料の関係で考えれば、1989年の大卒初任給の平均はおよそ16万円、1999年の大卒初任給の平均はおよそ20万円なので、新人漫画家さんの原稿料の相場は90年代には1万6000円、2000年代以降は2万円になっているはずです。

 しかし、実際のところ原稿料がそのように上昇した形跡は見当たりません。『LIAR GAME』などで知られる甲斐谷忍先生は、冒頭の週刊少年ジャンプの原稿料モノクロ1ページ1万8,700円について、自身のX(旧Twitter)アカウントで「自分が新人の時の3倍近くになってる」と記しています。甲斐谷先生は1994年に週刊少年ジャンプで『翠山ポリスギャング』で連載デビューされていますから、当時の原稿料は1ページ6500円前後でしょうか。

『ブラックジャックによろしく』などで知られる佐藤秀峰先生は、『漫画貧乏』のなかで1999年の連載デビュー作『海猿』の原稿料は1ページ1万円だったと記しています。

 昨今でも、週刊少年ジャンプのアプリ「少年ジャンプ+」が開示した原稿料は、新人作家で連載はモノクロ1ページ1万2000円以上、読み切りでモノクロ1ページ9000円以上。
小学館のマンガサイト、やわらかスピリッツの公式Xアカウントも、週刊少年ジャンプの開示を受けて、新人漫画家さんも他誌でそれ以下の原稿料だった人も、連載時は1ページ1万円の原稿料を保証する旨を投稿しました。

 これら6500円から1万円という額は、1970年代の半ばから末にかけて、ちょうど連載漫画の単行本化が一般化していく時期の、大卒初任給の10分の1にあたります(ちなみに、2022年の大卒初任給の平均はおよそ23万円です)。

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単行本の売上に頼る「収入構造」現在まで続く?

 ここから先は推測になりますが、単行本化が一般化し始めた頃、その売れ行きが好調だったので、原稿料より印税面の収入を重視する風潮が生まれ、原稿料の金額は当時の額面が定着して現在に至っているのではないでしょうか。

 しかし、その後の社会全般の不景気と、マンガ単行本の刊行点数の著しい増加によって、現在単行本の売れ行きは一部のメガヒット作と、多くの少部数作品に両極化しています。

 1970年代の劇画ブームと1980年代のマンガブームを経て、マンガにより緻密な描き込みや専門的な表現が求められるようになると、月刊誌や隔月誌でもアシスタントさんは必須となり、連載時の原稿料はアシスタントさん代やその他の諸経費で消えてしまい、自身の生活費は単行本の印税で補填するという漫画家さんも出てきました。

 冒頭でも触れた、こうした原稿料だけでは生活費やアシスタント代を賄うことができないという漫画家さんたちの声は、かつての単行本の売上が好調だった時代をベースにしたビジネスモデルを背景にしたものといえるでしょう。

 もちろん編集部側も、ただ手をこまねいているだけではありません。以前のように漫画家さんの収益を雑誌連載の原稿料主体にするような値上げはできないとしても、Webサイトやアプリでの各話売りといった販売形態や、作品の閲覧数と連動した広告収入など、インターネットを中心に漫画家さんの新たな収益を生み出す取り組みが進められています。

 現在は、雑誌での原稿料と単行本の印税が両軸となった1970年代に匹敵する、ビジネス構造の転換期なのかもしれません。ひとりでも多くの漫画家さんが時代に即した収益を得られ、充実した作家活動を続けられるようになることを願います。

※参考・引用文献:
『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代』石ノ森章太郎(講談社文庫)
『マンガ原稿料はなぜ安いのか』竹熊健太郎(イースト・プレス)
『漫画貧乏』佐藤秀峰(PHP研究所)