生成AIは声優の新たな収益源との期待も?

 一方、声優業界のなかでもAIを積極的に活用していこうという動きも活発化しています。

 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントが昨年、AI音声による朗読付き電子書籍「YOMIBITO Plus(ヨミビト・プラス)」を発表。注目すべきは、収録されているAI音声のなかに『北斗の拳』ラオウ役などで知られる故・内海賢二さんの声を学習したものもが含まれていることです(現在は公開を終了しています)。

 このプロジェクトには、内海賢二さんが設立し、今は息子の内海賢太郎さんが代表を務める賢プロダクションが協力しています。

 ご家族の同意があるとはいえ、故人の声をAIで再現することには倫理的な問題を感じる人もいるかもしれません。賢プロダクションに所属し、内海さんの後輩でもあるNAFCA理事で声優の甲斐田裕子さんはこの音声を聴いて「全然内海さんだと思えない。俳優の芝居や呼吸を再現するのは難しいと思います」とコメントします。

 一方でこの試みは、長寿番組の「声優交代」問題にも選択肢を与える可能性を示します。長年続くアニメ作品では、声とキャラクターのイメージがひときわ強く結びつきますが、それ故に、高齢や死去で声優が交代する時にはメディア等で必ず大きく取り上げられ、新たな声に違和感を表明する人も少なくありません。

 故人の声と芝居をAIで蘇らせることが可能ならば、この「声優交代」問題が解決可能となります。しかし、以前と比べて人間の声の再現度が高まったとはいえ、現状では芝居をAIが再現できているとは言い難く、違和感は拭えないとの声も多くあります。

 その他、AIボイスチェンジャーを公式に販売する声優も登場しています。森川智之さんや後藤邑子さんは、前出のヨミビト・プラスにも技術協力しているCoeFontから公式ボイスチェンジャーを発表しています。

 また、業界内でもAIに期待する声はあるようで「日本俳優連合で行ったAIについてのアンケートでは、『AI反対』と『対価をきちんともらえて公式に提供するなら賛成』という意見が、およそ半々の結果でした。どこまでAIによる『表現』を許すかなど使われ方に対する考え方もさまざまですが、なかには早く引退してAIに稼いでもらいたいという考えの人もいます」といいます。

 近年は、体調不良によって休業する声優の話題も目立ちますが、療養中でもAIがあれば稼げるという考え方もあるかもしれません。しかし、故人の名優の芝居をずっと利用可能になれば、新人がデビューできる機会は減少するでしょうから、AIボイスの活用は業界全体が縮小する可能性もあり、非常に難しい問題です。



NAFCA事務局長と広報を務める声優の福宮あやのさん

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AIと人間の芝居はどう違う?

 さらに、声優にとって重要な「芝居」の問題があります。

 甲斐田さんは「生成AIの芝居と人間の芝居はやっぱり違うと感じます」と明言します。

「現状のAIの芝居では作品づくりは無理だなと思います。先日、とある洋画の名作の吹替版を観ていたんですが、先輩声優たちの名演には、行間に輝きが存在しているんです。芝居作りには間や余白のようなものもすごく大事で、そういうものを表現できるのは、今のところ人間だけではないかと思います」(甲斐田さん)

 NAFCAで事務局長と広報を務める声優の福宮あやのさんは「羽佐間道夫(代表作:『ロッキー』ロッキー・バルボア役、『銀河英雄伝説』ワルター・フォン・シェーンコップ役等)さんは、『AIは息ができない』とおっしゃっていました。そういう行間を読み、言葉以外も含めて表現する力は、人間とAIとでは、大きく違うはずです」と言います。

 さらに福宮さんは「芝居を聴く側にとっては、耳が慣れてしまえば、AI音声でもいいとなってしまうかもしれません。役者は、観客の耳を育てることも使命と思っています」と語ります。

 しかし、現実には耳を育てる環境は少なくなっているかもしれません。例えば昨今、映像作品を「倍速視聴」する人も増えています。倍速で観れば声の芝居にある間や余白は感じられなくなるのは必然です。

「行間や余白も含めて表現するのが芝居なのですが、倍速ではまるごとカットされてしまいます。たとえば、『ありがとう』というセリフを言っていても、実は内面では『殺すぞ』って思っているかもしれない。そういう表現の真意を読み取れなくなってしまうと思うんです」(甲斐田さん)

 AIは加速度的に成長を続けており、人間の俳優・声優はそんなAIと競争することになりますが、それは、演者だけの問題ではなく、観客・視聴者側がどんな芝居を評価し、欲するかも問われているのかもしれません。

 コロナ禍で密になるのを防ぐために導入されたアフレコの分散収録も、ある程度定着しているようで、若手がベテランから芝居を学ぶ機会が以前よりも少なくなっていることも、この問題に拍車をかけている面があると甲斐田さんは感じているようです。人間の役者が育つ環境が失われれば、それこそAIで代替可能という風潮も強まる可能性が高くなるでしょう。