これ、毒です。『薬屋のひとりごと』キービジュアル (C)日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

【画像】寿命を取るか、美しさを取るか… 「おしろい」の被害者たち(5枚)

猫猫「やはり、これは呪いでもなんでもない」

 2023年秋アニメ、ヒット中の『薬屋のひとりごと』(原作:日向夏)、物語は中世の中華帝国を舞台に、主人公の猫猫(マオマオ)が持ち前の薬学知識を活かして後宮で起こるさまざまなミステリーを解き明かす、というものです。時代背景や登場人物はすべて架空とされています。

 アニメスタートから、ネット上では作品のクオリティに高評価の声が飛び交いますが、そのなかにはこんな疑問もみられました。それは、「白粉(おしろい)に毒があるって本当?」ということです。

 アニメ第1話のエピソードは、「帝の御子(みこ)たちが呪いによって次々に命を落とす」というウワサに、猫猫が「原因はお妃たちが使用している、白粉に含まれる鉛。白粉は毒である」と指摘して解決に導く……というものでした。つまり視聴者から、「白粉の毒はフィクションかノンフィクションか!?」と疑問が湧いたわけですね。

 そこで調べてみました。白粉に「鉛」が含まれるのは、事実です!……といっても、それはかなり昔の話で、現代に流通している白粉は問題ありません。

「鉛」を原料とする顔料は紀元前ローマ時代から記録があります。また、原料の鉛が人体に有害ということも古くから言われていました。日本に入ってきたのは7世紀頃、中国からで、水銀を含んだ「はらや」と、鉛を含んだ「はふに」(どちらも焼いて白い粉状にしたもの)という白粉で、平安時代から貴族の間で使用されます。

 アニメ第1話のエピソードに似た出来事は、江戸時代の将軍家の習慣が例に挙げられます。この時代に入ると、安価で使用感も良い、鉛の「はふに」が大衆化します。高貴な家の母親や乳母は、顔から首筋、胸や背中に、贅沢に厚くたっぷりと白粉を塗っていました。抱かれた乳幼児は乳房を介して白粉を舐めることになります。また、乳児の顔などにも白粉をべったり塗ることもあり、鉛は乳児の体内に徐々に吸収されて中毒症状が起こるようになりました。



『薬屋のひとりごと』キービジュアル (C)日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

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猫猫「なんでこれが禁止されたかわかってんのか!」

 アニメでは「頭痛に腹痛に吐き気」と言っていましたが、急性の症状で頭痛がからむと鉛よりも酷い水銀の「はらや」の可能性も考えられます。いずれにせよ慢性中毒になると貧血、胃腸の病気、末梢神経症、脳膜炎といった症状が表れました。実は、徳川家は後継ぎが数多く生まれても、大半は成人する前に亡くなっています。

 たとえば12代目である家慶の子供は27人いたとされていますが、ほとんどが10歳以下で死亡し、二十歳を超えたのは13代目である家定くらいで、家定も障害を持っていたとされており虚弱体質だったそうです。当時は、白粉が毒だと指摘されても信じる人はほとんどいなかったでしょう。一般的に幼児の死亡率そのものが高かったのですが、死因が白粉中毒だった例も少なからずあったと思われます。

 やがて、明治末期から大正時代にかけて多かった小児の「脳膜炎」の原因が、母親が使用する白粉の鉛中毒だと判明しました。そして1943年(昭和18年)に、鉛の白粉の製造が禁止となります。

 古くから「白粉の鉛が毒」と伝わりながら長く使用され続けた理由は、それが最も使いやすくそして美しく映えたから、だそうです。アニメ第4話「恫喝」で、「侍女が、体調が悪い妃に、使用を禁止されていた白粉を塗り続けていた」というエピソードがありますが、まさしく改められない昔の習慣を映したのかもしれません。

『薬屋のひとりごと』はフィクションですが、薬草に関する内容は下調べされた上で描かれていて嘘はないそうです。古い時代設定を通じて「白粉の鉛は毒だった」という雑学知識を学べますし、そしてまた現代人へのメッセージ性も感じられます。

 たとえば第6話「園遊会」では、青魚アレルギーの話が出てきますが、昔は「食べると体調を崩す」と説明しても周囲は好き嫌いのわがままと思ったでしょう。「知っていて与えたのなら毒を盛るのと同じ」、「好き嫌い以前の問題」などと猫猫が話すシーンは、アレルギーを軽んじている現代の人に見てほしいと思いました。

 アニメは、先々の展開へいくつもの伏線が張られているようです。薬屋である猫猫はどんな難題を解き明かすのか、『薬屋のひとりごと』はさらにミステリアスな展開へ入っていくはずです。