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  誰もが知るように、『ONE PIECE』は“海賊”を主人公とする物語だ。一般的には海賊は正義の味方ではなく悪役とされることが多いため、少年漫画としては異色の設定と言えるだろう。

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 なぜそんな設定が選ばれたのか、作者・尾田栄一郎のやりたかったことを考えてみよう。

 まず、尾田のデビュー初期作品をまとめた『WANTED! 尾田栄一郎短編集』を振り返ってみると、そこには悪人およびアウトローの姿がひしめいていることが分かる。

 たとえば、高校生時代に描き上げられたという短編『WANTED!』。同作の主人公はギル・バスターというお尋ね者のガンマンで、この頃からすでに典型的な正義のヒーローから距離をとっていた。

 また、商業誌に初掲載された短編『神から未来のプレゼント』は、盗人家業がやめられない天才的なスリの男が、とある百貨店の危機を救う話だ。いずれも人々に賞賛されない社会のはみ出し者が、個人的な信条や自由な生き方によって輝くところを描いているのが印象に残る。

 さらに読み切りの『MONSTERS』は、一流剣士として知られる人物が裏では極悪人だったことが発覚する一方、放浪の侍・リューマが伝説を築くという物語だった。ヒーローとアウトローを逆転させる扱いは、尾田の作風を象徴するものだろう。

■尾田作品に描かれる「叫び」の意味

 ところで尾田といえば、任侠作品をこよなく愛していることで知られる。とくにマキノ雅弘監督の映画『次郎長三国志』の大ファンで、同作のDVD化を権利元である東宝の社長に直談判したというエピソードまで存在するほどだ。

 そうした趣味は『ONE PIECE』にも反映されており、『仁義なき戦い』に登場する菅原文太や田中邦衛をモデルにした赤犬や黄猿の存在からも、任侠作品への熱意がよく分かるだろう。

 そして任侠作品といえば、世間一般では“悪”とされる人物に光を当てるジャンル。尾田の作品にあふれる悪の美学は、ここに源流があるのかもしれない。

 他方で、別の観点から尾田のこだわりについて考えることもできる。『ONE PIECE』の連載が始まって1年余りが経った頃、1998年10月号の「コミッカーズ」で、興味深い発言を行っていた。

 尾田は同誌に掲載されたインタビューで、叫んだほうが勝ち、圧倒された方が負けという価値観を持っていることを説明。「海賊王になるって、とんでもない悪になろうとしてるんですけれど、それを元気いっぱい叫んだらそいつの勝ちだと思ってますんで」と語っていた。

 いわば善悪を超え、「自分はこうありたい」と強く主張した人間が勝つという独自の世界観だ。善が悪を倒すという王道の少年漫画とはかけ離れているはずだが、作中にあふれだす人間の生き生きとした衝動は、「邪道でありながら王道」という境地に至っている。

 たとえアウトローだとしても、痛快で胸を打つ登場人物たちの生き様。これこそが『ONE PIECE』が多くの読者に愛される理由の1つではないだろうか。

(文=キットゥン希美)