「ロビンソンダイビングサービス」西村さん×水中写真家鍵井さん×オーシャナ河本が語る、流氷ダイビングの歴史と魅力
ocean+α
西村さん(左)、鍵井さん(中央)、河本(右)
「ニッポンの海と文化」第4話で、水中写真家・鍵井靖章さん、オーシャナの河本雄太と坪根雄大が潜ったのは、北海道知床の海。そして取材チームをアテンドしてくれたのは、知床の海を知り尽くしたダイビングガイド「ロビンソンダイビングサービス」。
「ニッポンの海と文化」第4話 北海道・知床 本編では鍵井さんの撮りおろし水中写真で、知床に接岸した流氷の下に広がる海の魅力を紹介した。そしてダイビング取材の後、「ロビンソンダイビングサービス」のオーナー西村浩司さんと鍵井さん、河本で今回の撮影を振り返りながら、流氷ダイビングのこと、今回の取材で感じたことについて語っていただいた。
約20年前に始まった流氷ダイビング
アイスアルジーと光が織りなす造形美は圧巻
流氷ダイビングは日本が誇る最高のアドベンチャー
北海道・知床で潜るならこのダイビングショップ
約20年前に始まった流氷ダイビング
河本雄太(以下、河本)
流氷ってそもそもどうやってできているんですか? 流氷とはなんぞやと聞かれるとまだちゃんと答えられないかも。
西村浩司さん(以下、西村さん)
ロシアの大陸にアムール川という対岸が見えないほどの大きな川があるんです。そこから川の水=淡水がオホーツク海に流れ込み、11月の下旬ぐらいからシベリア下ろしと言われるガチガチの北風に冷やされて凍り、それが成長していき最終的にはこの知床半島まで流されてきます。知床に接岸するのはだいたい2月の上旬くらい。と言った流れで、凍ったロシア産の淡水がここに流れ着くというわけです。
鍵井靖章さん(以下、鍵井さん)
あの氷ってしょっぱくないんですか?
西村さん
海水は塩分濃度があるので凍らないです。比重が淡水の方が軽いので、水面に淡水層が浮いていきます。なので、気温が下がって冷えると水面が凍ってしまうんです。淡水が凍ってできているのが流氷なのでしょっぱくないですし、ほとんどが、アムール川の水でできています。
穴を開けたエントリーする場所の付近には、薄い氷が浮かぶ(撮影:鍵井靖章)
河本
流氷に乗って、動物も運ばれてきたりするんですか?
西村さん
はい。今はなかなかないですが、昔は「サハリンやロシアまで流氷の上を歩いて行けるぞ」という笑い話ができるぐらい、ロシアから知床まで流氷が全部繋がっていたんです。
河本
そんな話があったんですね(笑)。ところで、西村さんが最初に流氷ダイビングに携わったのはいつからですか?
西村さん
初めて潜ったのは1997年です。「ロビンソンダイビングサービス」は自分が2代目なんですが、ちょうど2代目になった10年前から、1ヶ月間知床に常駐して開催するやり方を始めました。それまでは、毎週末札幌から往復して知床まで潜りに来ていました。
西村さん
はい。昔は流氷が厚かったから、穴を開けるのがまず一苦労で。でも、穴を開けないと潜れないし(笑)。チェーンソーンの刃が63cmあるんですが、それが届かないぐらいの厚さがありました。だから、2段に分けて掘ったり、一生懸命人力で穴を開けてっていうのは、多分20数年前はやっていましたね。それはもう大変でした。
河本
じゃあ今みたいに流氷がないなんて確率は、少なかったんですか?
西村さん
そうですね。以前は1回穴を開けたら多少の風が吹こうが1ヶ月ぐらい氷は動かなかったです。沖までずっと盛り上がって繋がっているので、地上が猛吹雪の中でも、海は穏やかなので潜れていました。なので、今みたいに流氷ダイビングが中止になる日がなかったです。
河本
すると、どこかのタイミングで「あれ、流氷がなくなっている!」となり始めたんですか?
西村さん
せっかく穴を開けたのに流氷が離れてしまって、開けた穴が無くなり始めたのは、だいたい15年前ぐらいからですね。ここ10年ぐらいは昔と比べると、明らかに氷の面積や勢力が少ないし、寒くないし雪が少ない。西高東低の気圧配置の冬型気圧配置が長続きしなくて、南風がビュービュー吹いて気温が6度から8度ということは、昔の知床ではありえないですね。まず、南風が吹くこと自体ありえないことだったんです。
奥まで流氷が続く知床の海の風景。中央から右中央へ続く氷を取り除いた部分の下を移動してダイビングする。(撮影:坪根雄大)
西村さん
僕らダイビング業者としては、流氷の状況が良くなくて潜れない状況が一番困ります。なので、爆弾低気圧も来ておらず意外と穏やかで落ち着いていますが、流氷に迫力がないかな。海が荒れて接岸するともうぐちゃぐちゃになって、それこそ水底に突き出すような氷がたくさんできるんですけど。意外とスーっとたどり着いた状態ですね。だから平らじゃないですか。以前はもっと山みたいになっていたり、凹凸がこの3倍ぐらいあったんです。
対談場所の窓から見える流氷を見ながら、昔と今の流氷の勢いの違いを説明する西村さん
アイスアルジーと光が織りなす造形美は圧巻
――流氷ダイビングを初めて経験した河本さん、実際に潜ってみていかがでしたか?
河本
率直に、想像していたよりも楽しかったです。最初に勤めたダイビングショップの社長、副社長レベルの人が流氷ダイビングに行っていたので、レジェンドダイバーたちが最後に行くすごいダイビングポイントみたいな印象が20年前ぐらいにはありました。その時は、「チェーンソーで氷に切れ目を入れて、そこをジャンプして穴を開けてエントリーした」という話を聞いていたので、いつか行きたいなと思っていましたが、ずっと行くチャンスがありませんでした。そもそも、雪が降っている北海道に来るのも初めてでした。
西村さん
なるほど。それでいきなり流氷の下を潜っちゃったんですね。
河本
流氷ダイビングをするとき、水面が流氷に覆われていて、上に出られないっていうのはどんなに怖いものなのか、氷が動いて閉じちゃったらどうするんだろう?とか思っていたんですけど、実際にやってみたら大丈夫でした。流氷ダイビングって毎年来る方いらっしゃいますよね?
体験する前にイメージしていた流氷ダイビングと、体験した後に感じた感動を伝える河本
西村さん
そうですね。ダイビングショップのツアーは、リピーターの方が7~8割ぐらいです。もちろん個人の方もいらっしゃいます。
――今回で3回目に流氷ダイビングとなる鍵井さんはどうでしたか?
鍵井さん
もう今年で終わりかな…なんて冗談ですけど(笑)。多分、2022年に来た時の方が流氷は厚くていい感じだったと思うんです。ですが、氷の下に潜ることだったり、アイスアルジー(※)があることだったり、他の海にはない景色がここにはあると思っています。なので、氷が厚いとか薄いとかではなく、氷から溢れてくる光とアイスアルジーのあのオレンジ色とグリーンの水だけで、僕は十分魅了されているし、氷の下に潜れるっていう特別なことだけで、今年も十分楽しめました。写真撮っていても、すごい楽しかったですね。
※アイスアルジー:海氷や流氷の底部に付着する藻類。大繁殖すると茶色やオレンジ色、褐色に色づく。オキアミなどの海洋生物の餌となり、豊かな生態系の食物連鎖を支える役割を持っている。
アイスアルジーによりオレンジ色になる流氷の底部(撮影:鍵井靖章)
西村さん
だいたい一緒です。狭いエリアで常時10人ほど人が入っているので、朝イチで潜った方がきれいですね。あとは、晴れて日差しが入っている時は、もっときれいです。
――鍵井さんは、極寒の流氷下での撮影で難しいところ、他の海と違うところはありましたか?
鍵井さん
ミトンのグローブをつけているので、やっぱカメラの操作は少ししにくくなるとか不自由はもちろんあるけれど、撮影の仕方を変えているかと言われたら、僕は変えていないです。さっきも言ったように、氷の厚みとか氷から溢れてくる光に目がいって、そういう部分では他の海よりも凹凸と光や影があるから撮影する楽しみは大きいですね。