不幸にも事故が発生した際、プロが負う責任はどのように問われるのでしょうか?裁判でプロに求められる責任について、プロダイバーを多く弁護されている上野園美弁護士に、ダイビング訴訟の現状や損害賠償責任の要点を3号にわたって説明していただきます。本号は、事故時における「免責文言」の有効性について取り上げます。

※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver Monthly」2019年4月号からの転載です(「Alert Diver」vol.53 /特集2 プロダイバー必見! 判例から見る賠償責任の「なぜ?」」より改変)

Profile 上野園美先生
シリウス総合法律事務所サブパートナー。弁護士になって2、3年目からダイビング訴訟を担当。当初はノンダイバーであったが、Cカードを取得し、実際の事故の検証をしつつコンスタントにダイビング訴訟を担当している。多数の著書があり、Webでの情報発信にも熱心に取り組んでいる。

「免責文言」とはなにか、海外では広く免責同意書が用いられる

法律家としては、すでに解決している問題だと思っていますが、実務的にはまだ浸透していない、「免責文言」の考え方についてお話しします。

「免責文言」とは、「事故などが発生しても、責任を負いません」という趣旨の文言です。たとえば、駐車場などに「駐車場内で起きたトラブル、盗難、紛失などは一切責任を負いません」などという文言が貼ってあったり、ホテルの客室などに置いてある約款に「ホテル内における物の紛失について、ホテルは一切責任を負いません」と書いてあったりするなど、世間の色々なところで目にする文言です。

ダイビングにおいても、サービス提供者が用意するツアーや講習の申し込み用紙に「事故などが発生しても、一切、責任を追及することはしません」などという一文が入っていることがあります。このため、ダイビング事業者から「このような免責文言が入った書面にサインをもらっているので、事故が起きても責任を負うことはないですよね」と、尋ねられることがあります。

海外におけるダイビングなどでも、Liability Waiver(免責同意書)にサインを求められることが多いと思います。訴訟社会が進んだアメリカでは、些細なことが裁判に発展するケースが多く、サービス提供者側が少しでも裁判のリスクなどを減らすために免責同意書が広く用いられ、その効力が比較的認められていることから、サービス提供者側の責任を軽減するために役立っているようです。

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「免責同意書」へのサインがあれば事業者は責任から免れられるのか

それでは日本のダイビングにおいて、このような免責条項が入った書面をお客さまから取得していた場合、事故があっても事業者は責任を免れることができるものなのか、まず、実際の判例から見ていきたいと思います。

【事例1】海面移動中に見失い、重篤な後遺障害が残った

海洋講習中、インストラクターが受講生を引率し沖のフロートに向かって海面移動をしている際に、受講生の一人を見失い、当該受講生が溺れて重篤な後遺障害を負った事案があります。このダイビングショップでは、講習の申し込みに際して受講生から「この文書は、発生しうる個人的傷害、財産の損害、あるいは過失によって生じた事故による死亡を含むあらゆる損害賠償責任からインストラクター等を免除し、請求権を放棄することを目的とした意思に基づくものです」などと記載された免責条項のある申込書に署名をしてもらっていました。

【事例2】潜降途中に見失いダイバー死亡

ファンダイビング中に、潜降途中のトラブルからオープンウォーターダイバー(経験本数5本)が死亡した事案でも免責文言が問題になりました。この事案では、船尾付近からエントリーしたダイバーに対し、ガイドが「アンカーロープのある船首に移動して、アンカーロープに沿って潜降するように」と指示を行い、ダイバーはその指示を了解した旨の合図をしたものの、実際にはアンカーロープから離れて潜降し、溺水してしまった事故です。

ガイドは事故者の潜降を監視しておらず、ガイドダイバーの監視義務違反が問題となりました。この事案でも、ダイバーはツアーの申し込みの際に「ツアーに関して起こりうる全リスクは私個人に帰属されるものです」などという記載のある申込書に署名をしていました。