『新世紀エヴァンゲリオン』碇ゲンドウ役 画像は『新世紀エヴァンゲリオン』DVD STANDARD EDITION Vol.8(キングレコード)

【画像】立木文彦が出演したアニメやゲーム(5枚)

きっかけは、親戚のおばさんが言った「ふみ坊、いい声しとるね~」

 TVから聴こえてくる、あの男臭いしゃがれ声……『スシローぜ!』、『世界の果てまでイッテQ!』、『何だコレ?』で流れる声の主は声優、ナレーターなどとして活躍する立木文彦(たちき・ふみひこ)さんです。番組ナレーション、TV・ラジオCMなど、レギュラーは10本以上、単発の仕事を含めれば数え切れないほどしゃべりまくっている超売れっ子です。

 とはいえ、ちょっと聴くと「怖い」とも感じる立木さんの声が、どうしてブレイクしたのでしょうか。今回は、立木さんの声が日本中の耳になじむまでの3つのステップを解きたいと思います。

 ナレーターといえば、『情熱大陸』(TBS)の窪田等さんのような優しい口調や、『芸能人格付けチェック』(朝日放送)の木村匡也さんのように起伏を巧みに操る口調などさまざまですが、実はナレーターの世界にも流行りがあります。そこへ、まさか立木さんのようなしゃがれた男臭い声色が好まれる時代が来るとは、青天の霹靂。まさに「当たり! 当たり! 当たり! 当たり!(『逆境無頼カイジ』より)」と叫びたくなります。

 立木さんは2022年8月現在、61歳。声の仕事は1982年から始めたそうで、40年のベテランです。ブレイクまでのステップ1は、1995年のアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の碇ゲンドウでしょう。冷徹で朴訥(ぼくとつ)なキャラにあの声は見事にマッチ。それを象徴する名ゼリフは第1話に飛び出しました。ゲンドウが息子のシンジを基地に呼び寄せ3年ぶりに対面、いきなりエヴァに乗れと言われて困惑するシンジに言い放ったひと言……「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」、これが「立木文彦」を一気に広めたといえます。他に演じたアニメキャラとしては『銀魂』の長谷川泰三、『名探偵コナン』ウォッカなどのファンも多いです。



「PRIDE やれんのか!大晦日!2007」DVD(東北新社)オープニング映像に「ナレーター立木文彦」の文字が出ると観客は湧いた!

(広告の後にも続きます)

「やれんのか! やれんのか! やれんのか!」

 ステップ2は『PRIDE』を筆頭とする格闘技大会の「オープニングや選手紹介ナレーション」でしょう。格闘技ブームの1990年代後半、アリーナレベルのビッグイベントでは試合前に見どころをまとめた「あおりVTR」を流す演出が恒例になります。その声に起用されたのが立木さんでした。ドスの利いたしゃがれ声のあおりナレーションは闘い前の興奮をアゲアゲにしてくれました。

 代表的なのは『PRIDE やれんのか! 2007年大晦日』のOP「やれんのか! やれんのか! オレやる! たとえ地球上のどの場所で生まれていたとしても、きっと彼らならこの頂でめぐり逢っていたはず。さあはじまる、やれんのか! ついてこい!(※一部抜粋)」。もちろん映像の力も原稿の妙味もありますが、そこに声の命をガッツリ吹き込みました。「PRIDEの声と言えば立木」、これはファンも承知のところです。

 ここからの派生で活動の幅を広げたのが「ももいろクローバーZ」とのセッションです。『PRIDE』の演出家がももクロのライブを担当した縁から、大型ライブのオープニングあおりVTRの声を担当。あの男臭い声がアイドルと絡む面白さが現在の多様性につながったのかもしれません。ちなみに今年の夏の「夏のバカ騒ぎMOMOFEST」ライブでもOP映像が流れ、立木さんの第一声「あの夏はどこ行った……」でモノノフは湧きました!

 格闘技ナレーションで声の認知度が増し、2005年頃からいろいろなジャンルの仕事が増えてゆきます。ステップ3は、2007年アニメ『逆境無頼カイジ』でしょう。さまざまなギャンブルを題材にした闇世界の物語に低音しゃがれボイスが刺さりました。「気づけばビール1本、気づけば豪遊、カイジ、やってしまった。カイジ、猛省」、「桃源郷をさまようがごとくの圧倒的至福! 開放! 地下も狂喜乱舞、咆哮歓喜感涙嗚咽感動感謝圧倒的感謝!」など、インパクトはかなり強烈でした。そしてこの『カイジ』から、今日のブレイクへ加速したように思います。

 ではなぜ、男臭い声がブレイクしたのでしょうか? 個人の考察ですが、立木さんの声色は「怖い」印象が強く、制作側の起用に偏りがあったはずです。しかし唯一無二のしゃがれ声が徐々に浸透し「親しみ」に変わりました。

 近年、特にバラエティ番組において過激な映像、描写に倫理という規制が厳しくなりました。なかなか過激な企画がご法度のなか、ロケVTRの芸人に怖そうな声色でツッこむナレーションはギャップになって笑いを誘います。大げさかもしれませんが、あの声がバラエティ界に新しい笑いをもたらせたと思います。次はどんな場面であの声が聞けるのか楽しみです。