話題作『今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。』(WAVE出版)の著者が、“車と旅”の海外版について語る新連載エッセイ。

“楽園を探す海外放浪夫婦が、中古の軽自動車を買って北海道から南アフリカへ。

警察官の賄賂を断ってジャングルに連れ込まれ、国境の地雷地帯で怯え、貧民街に迷い込み、独裁国家、未承認国、悪の枢軸国、誰も知らないような小さな国々へ。

南アフリカ・ケープ半島の突端「喜望峰」で折り返して日本に戻ってくる予定が……。”

■本連載のこれまでの話、著者プロフィールはこちら:https://www.mobilitystory.com/article/author/000028/

【第7話】一刻も早くスタッドレスタイヤを手にいれなければ…

シベリアをドライブしていたら、冬になってしまった。まだ10月の中旬、雪虫も見ていないというのに。遺憾である。

幹線道路の雪は除雪車が取り除いたが、住宅街は自然のまま。多くの駐車場は雪に埋もれていた。どう贔屓目に見ても夏タイヤの出る幕は過ぎたようで、一刻も早くスタッドレスタイヤを手にいれなければならぬ。

さもなくば、
一、 雪に埋もれて、発見されるのは来年の春になるだろう。あるいは、
二、 スリップして崖から落ちる。発見されるのは来年の春になるだろう。もしくは、
三、 車をロシアに置いて、飛行機で帰国。カッコ悪いから来年の春まで隠れていよう
わが家の運命はこの3つに絞られる。どれも勘弁していただきたい。

ロシアに軽自動車のタイヤなんて売っているの?

来年の春を制するのは、ひとえにスタッドレスタイヤにかかっているのだが、はたしてロシアに軽自動車のタイヤなんて売っているのだろうか? モンゴルで初雪を拝んだときから気になっていた。

日本を旅立って1万2000km。これまで目にした車といえば、名もしれぬ普通サイズの外車。日本車は、30年以上前に流行ったマークII、クレスタ、チェイサーの三兄弟。懐かしいソアラにプレリュード。お馴染みの佐川急便に西濃運輸、残念ながら赤帽はお目にかかっていなかった。

データを分析して考えるに、走ってもいない車のタイヤを売っているとは思えないから、軽自動車のタイヤは手に入らない。ということになるが、データや先入観に囚われてはいけない。不利なときは、現実から目をそらした方が有利だ。男性用のブラジャーが売れる時代なのだから、常識を疑おう。世の中には雪のシベリアを横断するというのに、冬タイヤを持たない非常識な人もいるのだ。

ノボシビルスク市で、タイヤ屋さんを探した。

屋根の勾配からすると、そうとう雪が降るような

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所狭しと、ありとあらゆるサイズのタイヤが並ぶタイヤ屋さん

ノボシビルスク市の人口は、160万人。シベリアの首都と呼ばれている大都会だ。

生活必需品はもちろんのこと、ご禁制の品から需要のないもの(たとえば、軽自動車のタイヤ)まで、ありとあらゆるものが手に入るに違いない。多少高くても文句は言いません。売っていただけるのなら、なんでも言うことを聞きます。遠慮なくご用命くださいと、街で一番大きいタイヤ屋さんの門を叩いた。

店内は、所狭しとありとあらゆるサイズのタイヤが陳列されていた。おそらくは世界中のタイヤが、我こそはと集まったのだろう。ならば、軽自動車のタイヤだってある。しかし油断は禁物だ。海外は横着者の店員が多い。よく探しもしないで、そんなものはないねーと追い払うことがある。店員のやる気と能力を最大限に引き出せるよう、下手に出ることにした。

入り口正面のカウンターに、男性店員が立っていた。深々と頭を下げて、「ズトラストビーチェ(こんにちは)」とあいさつをする。飛び込み営業マンの、邪気を隠した天使のような笑顔で。

「これがほしいのですが」と、うやうやしくタイヤサイズを書いたメモを渡した。

店員の名前はセルゲイ、30代半ば。面白みのない紺色のポロシャツを着た中肉中背。実直そうに見えた。筆者の渡したメモを片手にパソコンに向い、型番を打ち込んだ。画面の上から下まで視線を動かせて、ひとこと言った。

「ありません」

シベリアで3番目に大きい町クラシノヤルスクには、猫カフェがある