ライオンとトラの子ども「ライガー」までいる街、ノボシビルスク
げぼっ、やっぱりないのか! 一瞬にして泣きたくなったけれど、そんなことはおくびにも出さないのが、アウェーでの交渉術である。諦めるのはまだ早い。調べたフリをしただけで、横着者かもしれない。
セルゲイさん、そんなはずはないと思いますよ。ごく普通のタイヤなんですから。もう一度調べてください。必ずありますから。
若干おどおどしながら辿々しい英語でお願いするのがポイントだ。とすると、しょうがないなあと呟きながら重い腰を上げ、「えーと、どれどれ、あ、本当だ、在庫、ありました」となるのである、
……というほど世の中は甘くはなかった。
「調べ直したけど、うちにはないですね。というか、こんな小さなタイヤはロシアにないと思います。見たことないから」
あっさりと地獄に突き落とされた。……がしかし、「取り寄せましょうか?」と言うではないか。
えっ、そんなことできるの? さすが大都会、そういえば、ライオンとトラの子ども「ライガー」はこの町にお住まいだと聞きました。ないはずのものまであるノボシビルスクです。
Yuko、取り寄せてくれるって。助かった〜、これで旅を続けられる!……と喜んだのも束の間、
「ひと月くらいかかりますけど」
再び、地獄に突き落とされた。というのも、2週間後にロシアのビザが切れるのである。
雄ライオンと雌トラの子どもは「ライガー」。お母さんがライオンなら、「タイゴン」と言う
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ねぇセルゲイ、このお店が最後の希望なんです
ひと月は待てない。絶対に無理です。ビザが切れてしまうのです。不法滞在になったらお先真っ暗だ、と思ったらもう日が暮れていた。
「ほかのお店にあるってことはないですかね?」
「ないですね。問屋に在庫がないから」
「では、取り寄せはどこから?」
「日本から輸入します」
セルゲイ、返事にそつがなかった。案外、守りが堅いのである。でもね、実際問題、ないじゃ済まされないのです。スタッドレスタイヤが手に入らないと、ボクら、ツンドラの大地に埋もれてしまいます。このお店が最後の希望なんです。常識なんか捨てて、あらゆる手立てを考えましょうよ。打開策が浮かぶまで、残業! とは言えないじゃないですか、そんな図々しいこと。
ひたすら困った顔して固まっていたわけなんですが、そんな哀愁に満ちた佇まいがセルゲイを動かしました。あるんですね、ロシア人にも“情けは人のためならず”系のツボ。
「わかりました。ちょっと調べてみましょう」
インターネットの「売ります、買います」サイトで、軽自動車のタイヤを検索。これがなかなか見つからなくて苦労しているのが目に余るけど、ごめんなさい、お手伝いしたいけど、ロシア語は読めないのです。やがてモニターを見ながら電話をかけてなにやら書き留め、「この人が売ってくれるって」とメモを渡してくれた。
見つけたの!? セルゲイ、ありがとう。固く両手を握りしめてお礼をしたとき、手が汗ばんでて気持ち悪かったでしょう、許してください。
それではさようなら、お世話になりました、と手を振ったときは若干涙ぐんでてさぞかし気持ち悪かったでしょう、許してください。
Yuko、急いでこの人に会いに行こう!
車のなかでセルゲイのメモを開いて驚いた。まさかのキリル文字。ひと文字も読めないのだった。
よく見たら、川が凍り始めてた