世界遺産”取り消し”目前!?「富士山登山鉄道」が問題解決の救世主であるワケ 山梨県の大逆転妙案とは

山梨県が「富士山登山鉄道」の実現に向けて本格的な検討をスタートさせました。静岡県と並んで主要な登山ルートを抱える同県は、どのような思惑で「鉄道」をカギにしているのでしょうか。現場の県担当者の声を聞くことができました。

有料道路を鉄道へ転換

 山梨県が2023年にいよいよ、「富士山登山鉄道」の実現に向けて本格的な検討をスタートさせました。静岡県と並んで主要な登山ルートを抱える同県は、どのような思惑で「鉄道」をカギにしているのでしょうか。今回、現場の県担当者の声を聞くことができました。

 富士山登山鉄道の整備は、2021年に正式な構想として策定されました。富士吉田IC付近から富士山五合目まで、有料道路「富士スバルライン」の道路を丸ごと鉄道へ転用するものです。車両は、各種比較検討の結果、LRTがもっとも適しているという結果になりました。

 構想の発表時は”破天荒”な計画と取り沙汰された鉄道構想ですが、山梨県がこれを進めている背景には、差し迫った事情があります。

 同県の長崎幸太郎知事は「危機的な山梨県の状況のなか、富士山も課題のひとつである」としています。富士山は2013年にユネスコ世界遺産へ認定されて以降、世界的に注目度も上昇しています。しかし、それが破綻寸前の状態になっているのです。

 原因は皮肉にも、観光客が殺到する「オーバーツーリズム」による諸問題です。延々とつづく混雑でウンザリする客に、まるで体制の追い付かない現地インフラ。ひっきりなしにやってくる自動車と渋滞など、富士山は近年「そこまでして行く価値のある場所か?」といった目を向けられることもあるといいます。

 それに追い打ちをかけようとしているのが、「世界遺産取り消し」という危機です。そもそも2013年の登録時に、ユネスコからは「人の多さ」「環境負荷の大きさ」「人工的景観」を改善すべし、という要請を受けています。それから10年、日本はいまだ有効な手立てを打てていません。富士スバルラインではマイカー規制を1ヶ月近くに拡大しましたが、マイカーが4割減となったのに対し、大型バス等は3倍に増加し、総台数としてはほとんど変化のない状況です。

 さらに「取り消し」の危機は近づいています。今年7月末、ユネスコはイタリアの水路都市・ヴェネツィアについて、慢性化するオーバーツーリズムを理由に「危機遺産」に指定する方針を示したのです。これは取り消しの一歩手前と言える措置です。

 富士山も対岸の火事ではないということです。そもそも富士山は「文化遺産」として認定を受けています。古来より信仰の対象であり、芸術の源泉であったからという理由なのです。ユネスコはそういった「遺産価値」を損なう先述の諸問題を解決するべきとしたうえで認定したのであって、それが守られなければ、やはり危機遺産と判断されかねません。

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で、「富士山登山鉄道」がどう解決してくれるのか

 すぐそこに迫りくる危機、それを打破するものとして構想されたのが「富士山登山鉄道」です。ではそれがどう解決につながるのでしょうか。

 まず環境負荷という面では、山梨県側ルートから自動車を完全排除することとなります。さらに、道路を転用することで山に「新ルート」として大きく手を加える必要がありません。実務上では、用地買収もほぼ不要というメリットもあります。構想段階では「架線を使用せず、地面から車両へ給電する」仕組みをとることで、景観にも配慮でき、さらに感電の心配なく緊急車両を通せます。

 人の多さという面では、列車の定員×運行本数で受け入れ人数を完全にコントロールすることで、「無秩序に人がどんどん入山する」ことを防ぐ目論見があります。

 そのまま開業すれば、駅に登山客が殺到して「いつになるか分からない乗車順」を待つ大行列ができるのは目に見えています。そこで「完全予約制」を採用して、乗車予定の客以外は駅に来ない形になるのではないか、と県は話します。さらに時間帯で運賃を変動させて混雑分散を図り、運賃を高額化させて付加価値を高める狙いもあります。

 このやり方は「富士山を遠い存在にしてしまう」「身近に行けるのが良かったのに」という声を生みます。それに対し長崎知事は「そもそも富士山は身近ではなく、遠い存在です。しっかり計画を練って休暇を取り、仲間とともに一大イベントとして登るものだと思います。それならば、多少高いお金を払ってでも、『行けてよかった、一生の思い出になった』と言える美しい富士山がそこにあったほうがいいのではないか」と話します。

 鉄道会社のあいだでも、車両基地の公開や現場体験など、イベントは長らく無料が当たり前でした。しかし近年、増加するファンが殺到して現場が大混乱に陥るなど問題が深刻化したため、今ではまとまった参加料を徴収する「有料イベント」となるのが一般的になりました。同じことが、富士山訪問でも起きつつあるというわけです。