ブラインドフットボール女子日本代表のエースストライカーである菊島宙は、幼い頃から視力が悪く、中学1年のときにブラインドフットボールに転向するまでは音を頼りに健常者と一緒にサッカーをしていた。幼い頃から培った音による空間認識能力は女子選手の中で群を抜いており、「LIGA.i ブラインドサッカートップリーグ2022」では男子選手を押しのけて得点王とMVPを獲得した。
菊島は「バーミンガム2023 ブラインドサッカー女子世界選手権」で2位になった日本代表のエースだphoto by TEAM A
内藤氏は続ける。
「脳が『超適応』を起こすには特殊な条件が必要で、すべてのパラアスリートに起きているわけではありません。目の見えない選手が、長期間にわたって特殊なトレーニングを続けることで、初めて視覚認識に使われる脳が劇的な変化を起こすと考えられます」
アスリートの脳を研究している情報通信研究機構の内藤氏photo by Takao Ochi
夏季パラリンピックで19個のメダルを獲得し、2010年代に車いす陸上の「絶対女王」に君臨したタチアナ・マクファデンも、超適応を起こしたアスリートの一人だ。
ロシア生まれのマクファデンは、幼い頃に車いすの入手ができなかった。そのため3歳から6歳まで逆立ちで生活していたという。幼い頃の生活環境のために、本来は足を動かすために使われる脳の領域が、手を動かすことに関与するようになった。内藤氏は言う。
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「車いす競技の選手でも、私の研究に参加していただいた車いすバスケットボールや卓球の選手では、マクファデン選手のような超適応は起きていませんでした。車いす陸上では、自分自身を移動させる目的のために手を特化してトレーニングします。一方、車いすバスケットボールや卓球では、ボールやラケットの操作といった本来の手の機能もトレーニングされます。脳内の足の領域が手の運動に関与するようになるには、本来、足の領域が担う移動機能を手で行うような、長期にわたる専従的なトレーニングが必要なのかもしれません」
「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」では3種目でメダルを獲得したマクファデンphoto by X-1
超適応の分野では、身体の機能が低下した高齢者に最も効果的なトレーニング方法について、脳の働きと関連させて解明する研究も進んでいる。一度失った能力を取り戻し、さらに限界を超えたパラアスリートたち。その身体には、いまだ解明されていない人間の可能性が秘められている。
editing by TEAM A
text by KANPARA PRESS(Yukifumi Nishioka)
key visual by X-1