地獄、絶望、そして愛…舞台「HELI-X ~スパイラル・ラビリンス~」開幕

舞台「HELI-X ~スパイラル・ラビリンス~」が6月2日(金)に東京・サンシャイン劇場で開幕した。

本作は、毛利亘宏原案×西森英行脚本・演出による「HELI-X」シリーズ作品の第4弾。全世界を巻き込んだ第三次世界大戦後の極東の島国「大和」を舞台に、性別選択技術「TRANS(トランス)」を受けた者の中から生まれた「HELI-X」と呼ばれる特殊能力者たちの苦悩や葛藤を描く。

2.5ジゲン!!では、初日公演に先駆けて行われたゲネプロの様子をレポート。ストーリーに深く踏み込んだネタバレはしないが、劇中写真を多く含む記事のため、まっさらな状態で観劇したいファンは、観劇後に本記事を読んでほしい(※前作までの振り返りネタバレあり)。

人間とHELI-Xが共存する世界を目指す、クライ(演・宇野結也)が率いる組織「ツインイプシロン」。クライの尽力により、「大和」を東西に分け、主に人間は東に、HELI-Xは西に、と居住を分けながらも敵対することなく共存への道を歩み始めていた。

しかしそれを快く思わないのが、HELI-Xが支配する世界を作り上げようとしているオシリス(演・平野良)と、彼が率いる組織「アンモナイトシンドローム」。クライが勢力を伸ばす裏で、オシリスはクライの抹殺を企(くわだ)てる。

そしてある日、クライと、彼と行動をともにするサッドネス(演・星元裕月)の前にオシリスが現れる。果たしてクライとサッドネスの運命は。そして、「ツインイプシロン」と「アンモナイトシンドローム」の争いに決着はつくのだろうか…?

シリーズ4作目、安定の世界観でありながらこれまでとはまったく違う新しい「HELI-X」になっている。過去作は、登場人物たちが「TRANS」を受けた経緯やそれによってもたらされた苦悩を、複数の人物にスポットをあてながらストーリーが展開されていた。しかし今作は、その悲劇的な役目は主にサッドネスが一手に引き受けている。

他の人物たちは望んで「TRANS」を受けて性別を変更したが、サッドネスはそうではない。描いていた夢を奪われ、今もなお絶望の真っただ中にいる。束の間の安らぎのひと時や、信じていた人も次々に奪われ、暗闇の中にいると言ってもいい。

誰も信じられず、心を預けることもできない。

今作でサッドネスは、ウエディングドレスを思わせる真っ白なドレスに身を包んでいる。この「白」は、サッドネスの純粋さと無垢、そして「新たに生まれ変わる覚悟」の色だと感じられる。

演じる星元裕月は、悲劇を背負ったサッドネスの苦しさ、もどかしさ、やりきれない思い、憎しみを体当たりの芝居で表現。心を引き裂かれるほどの絶叫と心情の吐露は、聞いているこちらもつらくなる。

サッドネスは、自分がどれほど周りに愛されているのか気づかず、もしくは気づいていても「そんなはずはない」と否定し続けている。いつかサッドネスが愛に気づき、笑顔が戻るときがやってくることを願うほかない。

平野良演じるオシリスは、シリーズ初登場のときから“ただ者ではない”雰囲気をまとっていたが、本作ではどこまで行っても冷酷無比である“悪”の面と、彼のバックグラウンドをようやく見せてくれる。

カリスマ的なセリフ回し、余裕しゃくしゃくといったたたずまい。すべてに、平野自身の芸の確かさに裏打ちされた強さを感じる。過去を知ることで、オシリスが恐ろしい思想に至ったルーツに近づけるのだが、だからといってオシリスがやってきたことは許されない。

平野は、本編で観劇者の全員から憎まれそうなオシリスを演じた後、ゲネプロのカーテンコールで「玉城くん(玉城裕規/ゼロ役)が出ているというので(このシリーズに)出ることにしましたが、もう玉城くんは出なくなってしまって…。玉城くんには全公演を観に来てもらわないと」とジョークを飛ばして場内を笑わせた。

超人類であるセーレとフルカスは、今作で少しずつ“感情”を学び得ていく。その過程は、コミカルな面もあれば悲劇的でもある。彩凪翔演じるセーレは、今作では、どこかカンザキ大佐(演・久世星佳)を思わせる。天真みちるのフルカスは、癒しであると同時にセーレの悲しさがより引き立つ存在にも。天真お馴染みのとある芸は、見逃さないよう楽しみにしてもらいたい。

初登場時には人を超越した存在だったが、徐々に人間らしいところや包容力を見せてくれたクライ。ゼロを失った悲しみを抱きながらも、強い指導者として成長し続けるアガタ(演・菊池修司)。その能力の秘密について、謎の一言を残すイモータル(演・杉江大志)。さらに大きくストーリーが動いた今作では、また多くの謎とヒントが散りばめられた。

身体と心の性別という、他人が触れがたい問題だけではない。互いを脅かす存在同士がどう共存していくのか…多くのテーマを投げかける本作が、次回以降もどんな展開になっていくのか楽しみだ。公演は6月11日(日)まで。

取材・文:広瀬有希/撮影:ケイヒカル