対して宴会の場合、最低4人、できれば10人など人数を集めて、余裕のある予算でお願いすることで、お店も仕入れや仕込みの準備に手間のかかる料理が出しやすくなるし、客としてもお得に楽しむことができるわけです。
そんな宴会料理の魅力を余すところなく味わえる横浜中華街の名店を2つご紹介しましょう。
めくるめく快感が押し寄せる中華街「南粤美食」の粥火鍋まずはローズホテル横浜の向かいに店舗を構える「南粤美食(なんえつびしょく)」。かの『孤独のグルメ』にも登場して話題になり、常に行列が絶えない広東料理の人気店です。名物は、煲仔飯(広東省の釜めし)や雲吞(わんたん)麵、塩蒸し鶏。
厨房では1人のオーナーシェフが全てを仕切りながらも圧倒的なクオリティーを誇っています。このお店で宴会を催すならぜひ試してみたいのが、広東省名物の「粥火鍋(かゆびなべ)」。
出汁の効いたお粥が大きな鍋にたっぷり入っていて、次々に食材を投入しては食べ、最後に全ての具材の出汁が出たお粥を食べるコースです。お粥で程よく火が通る具材の旨味が素晴らしく、全ての魅力を吸い取ったお粥が悶絶もの……なのですが、最低でも16人集めての開催となります。
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南粤美食で宴会をしていると、お店との距離がグッと縮まるのを感じます。
例えば、ご主人が仕入れた大きな干し鮑を見せてくれて「こんなふうにするとおいしい」と教えてくれたり、「今度良い鳩を入れて鳩尽くしの宴会をするんだ」とうれしそうに話してくれたり。20人集めて佛跳牆(ぶっちょうしょう。たくさんの乾物を使った、修行僧ですらお寺の塀を飛び越えて来ると言われるスープ)をやる人がいるなどと聞かされると……次の宴会はいつにしようか!とワクワクしてしまうのです。広東語が分かればもっと意思疎通がスムーズなのになあ、と悔しい思いもするのですが。
上海蟹のコースに圧倒される「大珍樓」横浜中華街の中でも大箱の部類に入る「大珍樓(だいちんろう)」。広東料理の老舗として知られています。こちらはオーダー式食べ放題のイメージも強いのではないでしょうか。
大珍楼での極上体験は、老舗ならではのルートで仕入れられる上海蟹のコース。蟹の大きさはもとより、それぞれの調理法によりまるで異なる味わいにいつも驚かされっぱなしなのですが、こちらもそれなりにハードルは高め。空輸のタイミングをお店と相談しつつ、ウン万円と安くないお金を払ってくれる参加者を10人20人と集めて初めて、最高の魅力にたどり着けるのです……。
正直、いろいろと幹事の苦労はあるものの、宴会ノウハウを教えてくれる人に出会えたり、おいしいもののために集まる人に出会えたのも、Twitterあればこそかもしれません
大珍楼ではお店主催による宴会が開かれることもあり、広東省の土着料理コースが味わえることも。これなら自分で人数を集めなくても、魅力の一端を味わうことができるでしょう。さまざまなアプローチを用意してくれるお店は楽しいものです。
1回限りではなく、お店に通って、お店の人とコミュニケーションを取ることで、少しずつ魅力が見えてくる。これまでとは違った宴会をしてみたくなる。そんなお店とは、長いお付き合いとなります。
現地っぽさがたまらない御徒町「老酒舗」宴会料理は楽しいですが、事前の準備はなかなか大変。ふらりと訪問して楽しめるお店ももちろん好きです。
東京・神田にある「味坊」は、中国東北部、黒竜江省出身の梁宝璋(りょう ほうしょう)さんが開店したお店。日本人向けにアレンジされた味ではなく、オーナーが親しんだ地元の味をそのまま提供するとあって人気が高まり、羊料理に特化した御徒町の「羊香味坊」、三軒茶屋で湖南の味を紹介する「香辣里」などを次々とオープンさせました。最近はやりのいわゆる「ガチ中華」(中国現地の味や雰囲気そのままのお店)の先駆けと言ってもいいでしょう。
そんな「味坊集団」の中でも、特に贔屓(ひいき)にしているのが御徒町にある「老酒舗(ろうしゅほ)」。北京の老舗の酒場を意識したようなお店で、80品目以上あるメニューの中には何が出てくるのかよく分からないものも多く、厨房では中国語が飛び交い、本当に現地に遊びに行った気持ちになれます。
ある日頼んだのは、酸菜(白菜の漬物)と豚肉、発酵大根と牛肉、ササゲと挽肉、ラムレバーの発酵唐辛子などなど……。もう、全面茶色くて「映え」とは無縁だけれど、発酵の酸味と旨味と肉の脂の味わいが融合したパラダイス。どれもこれも旨くて、食も酒もすすみました。
またある日は、干し鰯醤油煮、湯葉セロリ、細切昆布など、一見地味なメニューにいちいち驚きと喜びがあったり。一方で、分かりやすい料理を頼むと、あれ…?意外と日本風に寄せてきたかなとなったり。
スパイスを販売したり、紹興酒1時間飲み放題を1,000円でやったり、朝7時から営業してお粥や油条(ヨウティアオ。中華風の細長い揚げパン)や豆漿(ドウジャン。中華風の豆乳スープ)を、現地そのままの味で提供したり。味坊集団の中でも実験色が強い老酒舗は、「そこまでサービスしちゃってむしろ損じゃない?」と心配したくなる危なっかしさも魅力なのかもしれません。
朝から飲んでいる人もちらほらいるなど、丁寧過ぎない接客を含めて、お店の雰囲気の緩さもこのお店の持ち味でしょう。ふらりと寄ってサクッと楽しめて、それでいて、毎回、深堀りすればちゃんと応えてくれる奥深さがある。特にお店の人と仲良くなったりはしていなくても、毎度楽しませていただいています。
四季折々を通じて楽しめる伊勢佐木町「龍鳳」ごはんを食べるのにわざわざ遠くまでお出掛けするのも楽しみですが、食は日常のこと。やはり近所においしいお店があるとうれしい。最後にご紹介するのは、そんな歩いて行ける近場のお店です。
場所は横浜随一の繁華街、伊勢佐木町の中心地。ビルの狭い階段を上がった先にある「龍鳳(りゅうほう)」は、普通の街中華を少し立派にしたような雰囲気で、失礼ながら、一見すごいものを出してくれるようには見えないかもしれません。しかし、その実力は、壁に貼られた季節のメニューを1つ頼んでみれば分かります。
いつも驚嘆させられるのが、気安く注文する普通のメニューが全て、一口目に「……うまい!」という素直な感想が出るのはもちろん、二口三口と食べ進めるうちにジワジワと味わいが深まってさらにおいしさが広がっていくこと。例えばこの鴨肉と春菊の薬膳スープの滋味深いこと。まるで飽きさせないどころか、飲み干す頃に一番おいしく感じるのも不思議です。
春にはフキノトウの包み揚げ、夏になると冷やし麺など、龍鳳のメニューで季節が巡るのを感じたくて定期的に通っています。
レギュラーメニューも素晴らしく、黒酢の酢豚なんかもびっくりしました。なんというか、背筋の改まる酢豚。玉ねぎの完璧な火入れ具合とか、豚肉の居住まいとか、黒酢のタレの端正さとか、達人の居合術のような料理で「そんなに気軽に出して良いのですか」と言いたくなる一品なのです。
他にも餃子とか、牛バラご飯とか、よく知っているメニューがいちいちハッとするほどおいしい。
そして、このお店の名物は実は筍。中華料理で筍はあまりなじみがないかもしれませんが、お店で竹林を管理しておられて、春になると筍料理のコースが提供されます。その時期を、近所に住んでいるいわば龍鳳ファンたちみんなが心待ちにしており、一斉に予約を入れるのです。筍の季節以外でも、宴会でお願いすると、魅力的な料理が並びます。
季節ごとに違った魅力を見せてくれるお店には、何度も通いたくなります。本当はもっとはやってほしいし、はやるべきだと思うのですが、混雑してしまうとふらっと入れなくなるので、今くらいでいてほしい……という思いもある。複雑なところです。
自分が旅先や出張先で飲むお店を探すときの基準のひとつに、「観光客も地元客も出張客もほどよく混じり合っているお店」というのがあります。龍鳳もそんなお店かもしれない。
普段はふらっと入っておいしいものをいくつか食べる。いざというときは宴会を組んで人を招き、自信を持って、うちの近所にはこんな素敵なお店があるんですよ!と誇らしくお勧めすることができる。そんなお店なので、信頼してずっと通っています。
奥深くも「隙」のあるお店に惹かれてしまう
ここで書いたようなお店以外にもいろいろなお店に足を運んでいます。またこれまではあまり行く機会がなかったのですが、予約困難になっているスパイス系中華店や、最近都内で流行の小量多皿系のキレイめなお店なども、一度ぜひ行ってみたいと思っています。
しかし、そんな中でも何度も通ってしまうのってどんなお店だろう、と考えると、やはり掘り尽くせない魅力があり、何度も通うことで少しずつ神髄が見えてくるようなお店でしょうか。
そして同時に、どこか「隙」のあるお店に惹かれてしまいます。
以前、横浜の野毛にあったある中華料理店などはまさにその最たる例で、中に入るといつもオーナーがぼんやり客席に座っていたり、時々オーナーとシェフがけんかしていたり、料理もまずくはないけどさしておいしくもなかったり。
ただ時々、シェフが不在でオーナーが自分で鍋を振るうときがあり、それがすごくおいしいのです。あれはなんだったのか……。一般的な「良い店」とはかけ離れていたにもかかわらず、このお店には随分通っていました。ほどよく放っておかれる居心地の良さもあったからでしょうか。
どこか完璧ではない、抜けというか突っ込みどころがある、「隙」があるお店。自分が好んで通うのは、そんなお店が多いように思えます。
前記した大珍楼などは大箱のしっかりしたお店ですし、別に特段の「隙」があるわけではないのですが、以前、主に広東郷土料理ばかり出す「別館」を運営していたこともあったそう。食べ放題、宴会、郷土料理……といくつもの顔があって「本当はもっと別の顔もあるのかもしれない」と思わせる奥深さがあります。「隙」というか、「バッファ」と言った方がしっくりきそうです。
いろんな意味で「奥深さ」と「隙」を兼ね備えお店と、お客さんとの間に適度な「間」を開けてくれて、自分のペースで楽しめるようなお店。それこそが自分にとって、何度でも通いたくなるお店なのかもしれません。
【著者】
在華坊さん
1978年生まれ。横浜、野毛のあたりに在住。出張ついでに飲み歩くことが楽しみな会社員。横浜の話題や出張の旅先での酒場めぐり、美術館めぐりの話が多いブログ「日毎に敵と懶惰に戦う」を2004年から更新中。
ブログ:日毎に敵と懶惰に戦う
Twitter:@zaikabou
編集:はてな編集部
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