「引退」の原因となった神威家の骨肉の争いに巻き込まれている森田が表紙に描かれた『銀と金』9巻(フクモトプロ/highstone, Inc.)

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開始4話で主人公交代?

 数あるマンガのなかには『ジョジョの奇妙な冒険』のように「世代交代」で、主人公が変わっていく作品もある一方、初期段階で主人公が交代した作品や、ずっと主人公だったキャラが物語から「降りてしまった」作品もありました。

 鳥山明先生の初連載作品で、1980年5・6合併号から「週刊少年ジャンプ」で連載されていた『Dr.スランプ』の主人公は、最初期に主人公の交代がありました。

『Dr.スランプ』は連載開始当初、そのタイトル通り、自称天才科学者ながらスランプ気味の発明家・則巻千兵衛の発明や、失敗作を題材とするギャグストーリーでした。しかし、実際は5話から則巻千兵衛が作った少女アンドロイド・アラレちゃんに代わることが決まった状態で、連載が始まっていたのです。

 同作の編集担当だった鳥嶋和彦さんは後年のインタビューで、連載前の歩みを振り返り、「鳥山さんは自称天才科学者の則巻千兵衛を主役と考えていた」「でも、僕はアラレを主人公にした方が良いと思ったので、鳥山さんとある『賭け』をしたんです」と語っています。その賭けとは、「週刊少年ジャンプ」1979年1月25日増刊号に掲載された鳥山先生の読切『ギャル刑事トマト』に関して、「同作の読者アンケートが3位以内だったら、女性主人公のアラレで連載」「4位以下なら、鳥山先生の意向通り則巻千兵衛が主人公」というものでした。

 結果的に『ギャル刑事トマト』はアンケート3位に入り、アラレが主人公に決まります。ただ、その段階で、もう千兵衛が主人公の4話分のネームができていたため、『Dr.スランプ』は第4話まで千兵衛が主人公で、第5話から主人公がアラレちゃんとなり、その後、大ヒットしました。この「主人公交代」について、ネットでは今でも「編集として有能すぎやろ」「サンキューマシリトさん」などと、鳥島さんの有能さを讃える声が多いです。

 赤塚不二夫先生の日本を代表するギャグマンガ『天才バカボン』も、連載当初の主人公はバカボンのパパではありませんでした。赤塚不二夫先生の公認サイト「これでいいのだ!!」によると、連載が始まる前の構想では、愚かな兄(バカボン)と賢い妹(ハジメちゃん)を中心に、ストーリーが展開される予定だったことが明かされています。

 しかし兄妹を中心に連載を開始してみると、バカボンのパパの飛びぬけた馬鹿さに人気が集まり、次第にバカボンのパパを中心とする話が作られるようになっていきました。その結果、「バカボンのパパ」と、本名も明かされていないキャラが主人公となったのです。

 序盤での主人公交代もあれば、終盤での「主人公降板」という例もありました。悪党たちが多額の金を動かすシビアな勝負の世界を描いた福本伸行先生の作品『銀と金』は、くすぶっていた若者・森田鉄雄と、「銀王」と呼ばれる裏社会のフィクサー・平井銀二のふたりが、主人公として描かれています。

『銀と金』は銀二が森田の師匠にあたり、ふたりが株の仕手戦や政治家との裏取引などの駆け引き、さらには殺人鬼や復習に燃えた男との命を賭けた死闘を繰り広げるなど、ギャンブルだけでなくアクション要素も強い物語です。ピンチで天才的なひらめきを見せ裏社会で急成長し、銀二抜きで戦う場面も多かった森田は、損得抜きで義理人情を優先する一面もある、「王道の主人公」でした。

 しかし、G県を牛耳る名家・神威家の親族間での争いを止める仕事で、森田は不遇な境遇の神威家の四男・勝広と五男・邦男を救えず、その無惨な死を見て大きなショックを受けてしまいます。そして、森田は裏社会の仕事に絶望し、「引退」してしまうのです。そのため、最後の「競馬編」のみ、銀二が単独で主人公のポジションとなりました。森田の「純」な部分を大きく買っていた銀二でしたが、引退に至る事件に関しては、「奴の美点、利点が裏目に出た」と寂しそうに語っています。

 ちなみに、雑誌「オトナファミ」2008年5月30日号で掲載されたインタビューにて、福本先生は、森田と銀二を戦わせる構想もあったことを述べており、「またどこかで『銀と金』を描くことになったら、そこ(森田と銀二の対決)に向かっていくか、そこから話を始めるかでしょうね。」と言っています。

『銀と金』の続編はまだ出ていませんが、2017年の実写ドラマ版では、最終話で「誠京」の会長・蔵前(演:柄本明)との麻雀対決が終わった後、森田(演:池松壮亮)は銀二(演:リリー・フランキー)の下を離れました。そして、森田が銀二の「敵」として現れ、最後に勝負を挑む形で物語が終わっています。ネットでは「最高にかっこいい終わり方」「マンガの続編でこの続きが見たい」と、改変に好評が集まりました。