top_line

あなたの語彙力が試される!
無料ゲーム「ワードパズル」で遊ぼう

坂本龍一、“最後のプレイリスト”に選曲されたデヴィッド・シルヴィアンとの特別な絆 運命的な出会いと長年の交流を辿る

Real Sound

 「Forbidden Colours / 禁じられた色彩」はシルヴィアンの創作意欲を刺激し、初のソロアルバム『Brilliant Trees』(1984年)の制作に取りかかり、坂本はピアノ/シンセサイザーで一部楽曲に参加した。アート性やスピリチュアルな思考を突き詰めた前衛的な作品づくりを進めるなか、初期の名作と名高い『Secrets of the Beehive』(1987年)では、ピアノ、オルガン、ストリングスアレンジなど広範囲を坂本が担当し、共作的作品となった。以降も、1992年には後にシルヴィアンの妻となるイングリッド・シャヴェイズが参加する『体内回帰 / tainaikaiki II』を共同名義で発表。さらには、弟スティーヴ・ジャンセンと組んだ3人組のバンド Nine Horsesの1stアルバム『Snow Borne Sorrow』(2005年)にも坂本は参加している。

 ロバート・フリップやホルガー・シューカイなど、今日に至るまでさまざまな音楽家とコラボレーションしてきたシルヴィアンだが、そのなかでも坂本は、シルヴィアンにとってあらゆるインスピレーションの源となり、数多の新しい世界を見せてくれた存在だったことだろう。たとえば、『Gentlemen Take Polaroids / 孤独な影』でエレクトロミュージックに傾倒した理由の一つにYMOの影響がある。そのYMOを知った当初、一際耳を引いたのは坂本作の「東風」で、クレジットから坂本の名前を知ったと証言している(※2)。

 そして初のコラボレーションを経て制作された『Tin Drum / 錻力の太鼓』では、ドイツの現代音楽家 カールハインツ・シュトックハウゼン由来のエレクトロニクスやアンビエント、東洋などの影響を大きく受けたというシルヴィアンの音楽的趣向が顕著に表れている。この作品から窺える商業的音楽に寄り添わないアバンギャルドな姿勢と、西洋と東洋をかけ合わせた音楽性は、これまでYMOが、坂本龍一が示してきたものでもある。二人の間にもともと共鳴するものがあったことに違いはないが、坂本が与えた影響は大きいはずだ。シルヴィアンの半生を追う話題になると、必ずと言っていいほど坂本の名前が挙がることがその証拠でもある。

社会活動でも積極的にシルヴィアンと交流

 坂本は音楽家でありながら、生涯を通して社会活動にも取り組んできた。「政治に期待できないなら、芸術とか文化で示すやり方もある」(※3)という言葉通り、坂本は音楽活動と社会活動を紐づけたさまざまなプロジェクトを立ち上げてきた。そうした坂本の活動に、シルヴィアンは非常に協力的だった。

広告の後にも続きます

 2001年4月、TBS開局50周年を記念して行われた「地雷ZEROキャンペーン」で、坂本はシルヴィアンを招いて期間限定音楽グループ N.M.L.(NO MORE LANDMINE)を結成した(細野晴臣や高橋幸宏、Mr.Childrenの桜井和寿らも参加)。また、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)の体験、その後に続くイラク戦争の惨状から反戦の意を込めて制作した作品『Chasm』(2004年)では、「World Citizen – I won’t be disappointed / looped piano」でシルヴィアンとコラボレーションした(エレクトリックギターにアメデオ・パーチェ、CDJ-800に小山田圭吾が参加)。坂本がピアノループを用意し、そこへシルヴィアンが即興的に歌詞と歌を乗せ、それを受けて坂本がコードやメロディ、電子音、演出を加えるという、互いにアイデアを肉づけする形で制作された。

 さらに、2011年4月に坂本がメディアクリエイター 平野友康とともに立ち上げた、東日本大震災の被災地復旧・復興を支援するためのプロジェクト「kizunaworld.org」にも、シルヴィアンはノルウェー出身のエレクトロニックミュージシャン ヤン・バングと共作で参加。これについて坂本は「(シルヴィアンが)早い時点で快くオーケーしてくれて、それも嬉しかった」と話している(※4)。

 坂本にとって、常に社会を見つめ、より良い未来のためにメッセージを発信することは欠かせない活動だった。人選にもしかとこだわる坂本が、このように多くの場面でシルヴィアンに協力を仰いだのは、長年の交友関係とコラボレーションの結果から確かな信頼を抱いていたからこそだろう。

坂本とシルヴィアンを結ぶ「兄弟のようなつながり」

「二人はまるで兄弟のよう」

「二人は兄弟の間にしか生まれないようなつながりを持っている」

 これは過去に坂本の仕事のパートナーに言われた言葉であり、シルヴィアン自身も「正しい表現」だと認めている(※5)。初対面時の坂本の言葉を振り返っても、きっと彼らの間にははじめから響き合うものがあったのだろう。そこでふと、芸人のオードリー・若林正恭の著書『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』で見た「人の体の中には音叉のようなものがあって、仲良くなるべき人とは言葉を交わす前にそれが共振するんだ」という一節を思い出した。まさにこのように、彼らのなかにある音叉が共振し、本能的に共感したのだと思う。

 坂本とシルヴィアンはともに直感を大切にし、即興から生まれる未知な体験を好んだ。音や間、強弱などの些細なニュアンスの違いから、言葉にできない世界が生まれる。その美しさやロマン、秘めたる想いを、坂本は音で、シルヴィアンは詩で表現しようと努めたというところも、彼らを深く結びつける共通点だろう。

 そして、YMOとJAPANがそれぞれ解散して以降も、互いにひとつのバンドやチームに長く属することがなかったのは、「自分のなかにひらめくものをすべて再現してみたい」という完璧主義がゆえの選択だったのではないかと思う。そういうところも含めて、二人は似た者同士だったのかもしれない。

共に奏でる「Orpheus」が示す二人の絆

 「Orpheus」は、坂本が作成した葬式用プレイリスト「funeral」の全33曲のなかでも一際明るい印象で、ホーンやストリングスの壮大な響きとアコースティックの温かな音色が、安らぎをくれるとともに、胸の奥底で切なさを掻き立てる。坂本の流麗なピアノも、絶妙なアクセントとなっている。

〈教えてくれ、私にはまだ知るべきことがある/
わかっている、それらの魂が消えることはない/
信じてくれ、このジョークにすら笑えなくなってしまうとき/
オルフェウスが歌う約束の歌を、私は耳にするだろう〉(「Orpheus」歌詞/筆者訳)

 ハスキーでしなやかな歌声が紡ぐ歌詞は、ギリシャ神話に登場するオルフェウスと古代ギリシャの密儀宗教・オルフェウス教に基づいて書かれたと思われる。オルフェウス教には、肉体は滅びても魂は永久不滅であり、現世の苦しみ(諸々の制限がある)が来世の幸せにつながるという考えがある。

 坂本が作成した葬式用プレイリスト「funeral」を見ると、この曲は最後から2番目に位置する。不謹慎な想像かもしれないが、葬儀の流れを考えると、出棺の頃にこの曲が流れるのだろうか。あえて選んだのか、はたまた偶然なのか。今では知る由もないが、病に蝕まれた身体から離れて自由な魂となるための、旅立ちにふさわしい曲なのではないかと思えてしまう。そして二人が演奏を共にする楽曲である(むしろプレイリスト内で坂本自身が参加している唯一の楽曲)というところにも兄弟愛のようなものを感じる。こんな言葉が本人まで届いたら「別にそこまで考えてないよ」なんて思われてしまうかもしれないが、昔も今もたびたびSNSへ坂本の写真をアップするシルヴィアンを見ていると、それに「いいね」を押していた坂本を思い出すと、二人の間に芽生えた深い絆や愛を感じてしまうのだ。

※1:https://www.sylviesimmons.com/interviews/david-sylvian
※2、5:『ミュージックマガジン増刊 坂本龍一 本当に聴きたい音を追い求めて』2023年6月号
※3:https://dot.asahi.com/aera/2023040300011.html?page=1
※4:https://openers.jp/lounge/lounge_features/13022

(文=宮谷行美)

  • 1
  • 2
 
   

ランキング(音楽)

ジャンル