主人の醜態にユダは幻滅し、彼を見限って官憲に渡す決断を下すのでした。
著者太宰 治 出版日
『駆け込み訴え』におけるキリストとユダのホモソーシャルな距離感
『駆け込み訴え』は一部で太宰治が描くBL(ボーイズラブ)とも言われています。
本作の隠しテーマはキリストとユダのホモソーシャルな関係性に尽きます。ホモソーシャルとは女性や同性愛(ホモセクシュアル)を排除することによって成立する、男性同士の緊密な結び付きをさす社会学用語。類義語に女嫌いを意味するミソジニー、同性愛者嫌悪のホモフォビアが挙げられます。
アメリカのジェンダー研究者イヴ・セジウィックは、「二人の男が一人の女性を愛している時、男たちは女以上にライバルである互いを気にかけている」と提唱しました。
本作において、キリスト・マリヤ・ユダは禁断の三角関係に陥りました。ユダは主人への独占欲が高じるあまり、彼に近付くマリヤを憎悪します。
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作中ではきっぱり「ジェラシー」と言いきっており、プラトニックな恋愛感情があったのではと推察されます。
対するキリストはユダに冷たい仕打ちを続け、弟子をもてあそんでいるようにも見えました。
その素振りは巷間語られる聖人というより悪魔的で、魔性の女改め魔性の男。ある意味ユダはキリストに運命を狂わされた、不幸な被害者ではないかと思えてくるのです。
ユダの報われない片想いの顛末を皆さんもぜひ見届けてください。
ユダは何故キリストを売ったのか?哀しきヤンデレ男の末路
物語後半、ユダはキリストに幻滅し彼を官憲に売ることを決めます。ユダは商人であるが故、商人を汚物のように見下し差別する主人の在り方に疑問を持ったのです。
即ち、これはキリストに対する復讐でした。
私たちが利己的なパワハラ上司を憎むように、ユダもキリストに反旗を翻します。ところがキリストはユダの本音を見抜き、自ら跪いて弟子たちの足を洗い、「みんなが潔ければいいのだが」と呟くでありませんか。
キリストの独白を聞いたユダの心は激しくかき乱され、「ああ、心底きらわれている」と絶望します。
ユダがキリストを裏切った動機は嫉妬と独占欲、そして劣等感でした。他の弟子たちが甲斐甲斐しく主人の世話をする中、商人のユダは金回りの管理を任されるも、その仕事や能力は全く評価されません。逆に卑しいもの、汚いこととして蔑まれ、キリストが尊ぶ「潔さ」の対極へ追いやられてしまいます。
もしキリストが遠回しなプレッシャーをかけず、ユダを裏に呼び出して一対一で諭していたら、この後の成り行きは変わっていたかもしれません。
『駆け込み訴え』を深堀りしたい方におすすめの一冊
著者新日本聖書刊行会 出版日
『駆け込み訴え』をさらに深く理解したい方は、ぜひ原典の新約聖書を読んでください。
本作は言わずとしれた世界最大のベストセラー。『駆け込み訴え』は聖書で語られるエピソードを太宰がアレンジしたものです。
太宰は聖書で悪者として扱われるユダにフォーカスし、彼が主人を裏切らざる得なくなるまで追い込まれた経緯を、切実な独白によって紐解きました。
聖書のキリストとユダが本性を告発したキリスト、一体どちらが真実なのか。あるいは誰もが表と裏の二面性を持ち合わせているのか……。
『駆け込み訴え』と読み比べることで、きっと新たな発見がありますよ。