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5分でわかる芥川龍之介『地獄変』解説!地獄絵に娘を捧げた良秀の狂気

ホンシェルジュ

芥川龍之介もまた良秀と同じ、気難しい芸術家の一面が知られています。芸術の完成の為には自他ともに犠牲を厭わないストイックな姿勢は、確かに芥川の生涯と鏡写しですね。

ところが、大殿に地獄絵の制作を依頼されたあたりから風向きが変わってきます。

天才絵仏師・良秀の唯一にして最大の欠点、それは自分の目で見たものしか描けないこと。

芸術家の中には自分の想像の世界を表現するものもいますが、良秀は史実をベースにフィクションを生み出すタイプでした。ここもまた古典をアレンジし、数々の名作を生み出してきた芥川を彷彿とさせませんか?

ちなみに『地獄変』とならぶ傑作として知られる『鼻』も、『宇治拾遺物語』収録『鼻長き僧の事』を題材にしています。

羅生門・鼻 (新潮文庫)
著者芥川 龍之介 出版日

大殿の陰謀と卑劣な罠、娘を待ち受ける凄惨な運命

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さて、『地獄変』を語る上で外せないのが悪役・大殿です。

大殿は良秀の娘に横恋慕し、女房として屋敷に迎えたものの、ちっとも振り向いてもらえずむしゃくしゃします。

その上良秀が毎日のように「返せ」と申し立てるのですから可愛さ余って憎さ百倍、仕返ししたくなる気持ちもわかります……が、大殿の復讐は些か度を越していました。

なんと、良秀の娘を牛車に閉じ込め火を放ったのです。

本作において良秀の娘は名前もでてきません。そもそも名前があったのかすら不明です。かといって存在感が薄いということは決してなく、最終的には良秀のミューズとなり、彼に霊感を与えました。

もしくは父の創作の糧になるならと、自らの運命を従容と受け入れたのでしょうか。単なる親子の愛情や尊敬だけでは計り知れない、一種狂気に近い崇拝の念がそこにはありました。

どこまでも世俗的な欲望の持ち主の大殿にしてみれば、地獄絵に魂を売った良秀と娘の姿は、完全に理解の範疇を超えていました。あるいは本気で娘を火刑に処そうとしたのではなく、双方に対する脅しが目的だったとも解釈できます。

もし良秀が牛車の中の女の正体に気付き、大殿に頭を下げて救出を懇願していたら、娘は助かったかもしれません。しかし良秀は最後まで筆を捨てず、牛車と共に燃え上がる娘を冷徹に見据え、素晴らしい地獄絵を完成させます。

このシーンを読んだ人は、芸術に全存在を捧げた絵師の業の深さに戦慄するのではないでしょうか。

異端の天才、良秀の自害

古今東西、芸術家と聞いて誰を思い浮かべますか?答えは様々でしょうが、人格者として皆に愛され、安らかに逝った芸術家は少ないのではないでしょうか。

芸術家は魂に欠落を抱えた存在。その心の隙間を埋める為、酒や薬の力を借りて創作に打ち込む者も多いのはご存じだと思います。その中でも天才と呼ばれる芸術家には結構な割合で破滅型が含まれ、さんざん無軌道な振る舞いをした末、精神を病んでしまうものが絶えません。

素晴らしい地獄絵を描き上げた翌日、良秀は自害しました。娘と絵を秤にかけ後者をとったものの、彼もまた父であり人である以上、子を見殺しにした罪悪感に打ち克てなかったのです。

実際の所、優れた芸術家と良き家庭人の両立は難しいと言わざるえません。作者の芥川も致死量の睡眠薬を呷り、僅か35歳で服毒自殺を遂げています。

良秀が娘を愛していたのは事実ですが、彼はそれ以上に絵を愛し、自分の全てを捧げていました。

もし愛する家族を犠牲にすることで不朽の名作が描けるなら……世の芸術家の多くは、誘惑に抗えるでしょうか?

『美』に憑かれて狂った、人の心の中にこそ地獄がある。

『地獄変』はその恐ろしさを私たちに教えようとしているのかもしれません。

地獄変・偸盗 (新潮文庫)
著者芥川 龍之介 出版日1968-11-19

もっと『地獄変』を知りたい方におすすめの一冊

地獄変・羅生門・藪の中 (マンガでBUNGAKU)
著者芥川 龍之介 出版日

以上、芥川龍之介の名作『地獄変』を紹介しました。さらに詳しく知りたい方にはマンガでBUNGAKUの『地獄変』をおすすめします。

端正な絵柄で描かれる壮絶な物語と、良秀の狂気に圧倒されます。小中学生にもわかりやすく描かれているので、芥川入門編にはちょうどいいのではないでしょうか。

漫画化にあたり割愛されている部分は、ぜひ原作で補完してください。

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2022年7月13日

提供元: ホンシェルジュ

 
   

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