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父の後を追って病死?性格もよく美男子、藤原道隆の長男・藤原道頼の生涯をたどる【光る君へ】

Japaaan

長徳元年(995年)4月10日、関白であった藤原道隆(みちたか)が病によって世を去りました。

そのたった2ヶ月後となる6月11日、その庶長子である藤原道頼(みちより)も後を追うように病で世を去ります。

NHK大河ドラマ「光る君へ」では藤原伊周(これちか)・藤原隆家(たかいえ)兄弟ばかりがクローズアップされて全く登場しませんが、藤原道頼とはどんな人物だったのでしょうか。

そこで今回は、藤原道頼の生涯をたどってみたいと思います。

異母弟たちの後を追いながら

藤原道頼は天禄2年(971年)、道隆の長男として誕生しました。

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幼名は大千代(おおちよ)、母親は藤原守仁女(もりひとのむすめ)です。

決して低い身分ではないのですが、高階貴子(たかしなの たかこ。儀同三司母)の方が娘をたくさん産んだためか重んじられていきます。

しかし祖父の藤原兼家(かねいえ)から大層可愛がられ、たっての願いで養子に迎えられました。兼家の六男となった道頼。父の弟というのは、微妙な気分だったかも知れません。

永延2年(988年)に生母が亡くなったため、家中での立場はますます弱まっていきます。

また正暦元年(990年)には祖父で養父の兼家も亡くなり、すっかり影が薄くなってしまった道頼。父の道隆が政権を握ると嫡流は完全に伊周・隆家に移りました。

それでもエリートの家系ゆえに、異母弟たちの後を追う形で順調で出世していきます。

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