ある時のこと。藤原斉信から、清少納言の元へこんな便りがよこされました。
蘭省花時錦帳下
【意訳】今や都は花盛り。
これは白居易(はく きょい。白楽天)の詩集『白氏文集(はくしもんじゅ)』より採られた一節。これに対する句を答えよと言うのでしょうか。
もちろん、清少納言は答えを知っていました。
廬山雨夜草庵中
【意訳】いっぽう私は雨の夜、廬山の粗末な庵に独り。
しかし、これをそのまま答えたのでは芸がありません。
しかも、わざわざ筆をとって麗々しく真名(まな。仮名=ひらがなに対して漢字のこと)を書き散らしては、誰かさんが黙っていないでしょう(面識がないので意識してもいないでしょうが)。
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そこで清少納言は、火鉢の消し炭をとって斉信がよこした紙の余白に、あえてつたなくこう書きました。
草の庵を 誰(たれ)かたづねむ
【意訳】こんな寂しい所に、誰が来てくれると言うのでしょうか。
これは藤原公任の和歌集『公任集』より。この和歌から採りました。
九重(ここのへ)の 花の都を おきながら
草の庵を 誰か訪ねむ
【意訳】花盛りの都に行かず、寂れた草庵など誰が訪ねるものでしょうか。
これは『白氏文集』の漢詩を元に詠んだものです。
つまり、清少納言はこう言いたかったのだと思われます。
「あなたの周りには、素敵な女性がいっぱいいることでしょう。そんな彼女たちをさしおいて、私の所になんか来てくれはしないでしょうね」
『白氏文集』の一節を知っていると直接答えるよりも、『公任集』を引用することで、より幅広い才知をそれとなくほのめかしたのでした。
また、消し炭でつたなく書いたのは
「あなたを思って手指が震え、また墨をするのももどかしいほど、急いで返事を書いたのだ」
というメッセージ。才知あふれる彼女なればこその演出を、斉信は心にくく思ったのではないでしょうか。
終わりに
以上、清少納言の才知を感じとれるエピソードを紹介しました。
何でもストレートにあしらいそうな彼女が見せた、意外な奥ゆかしさ……と思いきや、やはり才知がそこかしこに匂いたちます。
「そー言うところが気に食わないんですっ!」
誰かさんの怒りが聞こえるようですが、果たしてNHK大河ドラマ「光る君へ」では、このエピソードが描かれるのでしょうか。
これからも、楽しみにしています。
※参考文献:
- 山中裕『平安時代大全』ロングセラーズ、2023年12月