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鼻に酸素チューブをつけた津川雅彦が「先に逝った妻」について語ったこと/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史

アサ芸プラス

 長年連れ添った夫婦のどちらか片方が亡くなると、まるであとを追うように、残されたもう一人も旅立ってしまう。そんな話をよく聞くことがある。

 日本を代表する名優・津川雅彦の訃報を耳にした時にふと、この夫婦もそうだったのかもしれないなぁ、とぼんやり思ったものである。

 津川の妻、朝丘雪路(享年82)が、アルツハイマー型認知症で亡くなったのは、2018年4月27日だった。朝丘は2014年頃に認知症を発症。2016年に公開された映画「プラシーボ」への出演を最後に、女優としての活動を終え、津川がお手伝いの女性とともに、自宅で献身的に介護してきたという。ベテラン芸能記者が回想する。

「2人は大恋愛の末、1973年に結婚したのですが、現在は女優として活動する娘の真由子が、生後5カ月で自宅から連れ去られるという事件が起きた。41時間ぶりに奇跡の生還を遂げたのですが、そんなことから、夫妻は愛娘を溺愛。本物指向のおもちゃ店『グランパパ』経営も、それがきっかけとなったと言われています」

 2008年末、その「グランパパ」がバブル崩壊の影響をモロに受け、6億円の負債を抱えることに。借金返済のため、朝丘が建てた豪邸を売却した。その後、別居生活を送っていたが、朝丘の症状が進み始める3年ほど前から再び、一緒に暮らすようになった。

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 朝丘の死から23日が経過した2018年5月20日、都内で記者会見に臨んだ津川は、自らも前年秋に患った肺炎で療養中とあり、鼻に酸素吸入用のチューブをつけたままで報道陣の前に登場。「大丈夫ですか」との声に、

「大丈夫じゃないよね。こんな格好で大丈夫だ、なんていったらウソになるよ」

 苦笑いしながらも、数年にわたる介護生活を振り返った。

「周りがね、よくやってくれましたよ。僕が先に死んで彼女を残すよりは、いい結果になりましたよね」

 その言葉には、自身も体調が思わしくない中、すでに自身に対する認識も薄れ、意思の疎通ができない状態の妻をひとり残して去ることは…そんな葛藤の中にあった切ない思いを垣間見ることができた。そして津川は最後にこう言った。

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