「こういうイメージがある限りは、いくら競技会を開いても参加者は増えないですし、スタンドはガラガラ、陸上は盛り上がらないですよね」
「盛り上げる」ことを目的にした陸上の授業を実施
対馬市の小学校で出前授業を行う林田さんそこで林田さんは高校生だけでなく、小中学生に向けて出前授業を行い陸上の楽しさを小さいうちから教え、競技者だけでなく競技に関わる人口を増やすということに取り組んでいる。たとえば、ある小学校での出前授業で行ったリレーでは、全員が走るのではなく「スターターをやりたい人は?」「選手を応援したい人は?」と、走ること以外の関わり方も提案した。スターターを任された子どもには、ちょっと変わった音のするスターターを渡して楽しんでもらった。応援する子どもたちには、リレーで走る友達の名前や「がんばれ!」など応援のフレーズを色つきの画用紙に書いてもらって準備。リレー中も子どもたちのテンションがあがるような音楽をかけ、林田さんがマイクを使ってリレーを実況するなど、かつてエンタメのイベントボランティアで経験したことを活かした。
「イベントの仕事を手伝っていた頃、音楽の力は大きいということを実感したので、僕が子どもたちに教えるときは常にBGMをかけるようにしています。音楽ひとつで子どもたちの様子が変わります。たとえば、中学時代は陸上部に所属しているものの練習が嫌いだからとさぼってばかりいた子が、高校に入ってからは練習が楽しいといって、陸上部の練習に毎日来てくれるといったこともありました」
音楽は林田さんがセレクトすることもあれば、「この曲を聞くと頑張れる」などといった子どもたちのリクエストにも対応する。音質にもこだわってスピーカーを購入したそうだ。こうした経緯から、件の「走らんでも楽しい陸上」をテーマにしたイベントも行われた。競い合うことではなく、体を動かす楽しさ、友だちと遊ぶ楽しさ、陸上を観る楽しさ、イベントを作る楽しさなど、それぞれが陸上の楽しみを見つけ、陸上に関わってもらうことが目的だった。
陸上部発、野球部の壮行会が大盛況
陸上部の生徒が発案した野球部の壮行会は学校中が盛り上がったこうした活動をするようになって、早くも子どもたちの間に自主的にスポーツを楽しむ空気が生まれたという。それを実感するエピソードがあったそうだ。
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「対馬には上対馬・対馬・壱岐商と、3つの県立高校があり、2023年度秋季の九州地区高等学校野球長崎県大会には、3校連合のチームで参加し、ベスト8にまで勝ち進んだんです。その時、陸上部の子がきて、ベスト4進出をかけた試合まで1週間あるので、その間に壮行会をやりたいと相談されました。僕が普段イベントなどで音響などを活用していることから、それを使った壮行会をやりたいと言うんです」
それで実現したのが、学校の中庭で音楽をかけ、陸上部がMCになって野球部員にインタビューをし、それを他の生徒たちが屋上から見るという壮行会。
「テレビ番組の『学校へいこう!』じゃないですが、学校全体で盛り上がりました。たった10分でしたが、生徒たちが自主的に考え、参加して、学校中が一体となった、とてもいい壮行会でした。そういった一体感をつくることが面白いですし、スポーツを盛り上げるんじゃないかと思います」
夢は「走る部員30人」「走らない部員70人」の陸上部
対馬高校陸上部の練習風景林田さんが対馬に指導者として招聘された理由は、子どもたちを本土ではなく島の高校に進学させることだが、それを強制したくはないと言う。
「もちろん島内の高校への進学率を上げるとか、スポーツで地域を盛り上げるといった目的は果たしたいですが『島に残ってほしい』というお願いのようなことは絶対にしたくないんです。そうではなく、残りたいと思ってもらえるような魅力づくりをしなきゃいけないと思っています。まずは3年間で陸上部員を100人にするというのが目標です。でも実際に走る人は3割ぐらいでいい。もっと極端に言えば、陸上部員じゃなくて、陸上サークルのようなものでもいい。週に1回でも陸上部の練習に参加して、しかも参加しても走らなくてもいい。例えば音楽を流す、動画や写真の撮影、SNSにアップするなどして盛り上げたり、拡散したりする担当。あとはグラウンドをいい感じにデザインするとか、陸上を取り巻く環境を支えるとか。そういった陸上に関わる人が70人くらいで、実際に走る部員30人を支えるような団体を作ったら、面白いんじゃないかと思うんです」
林田さんが対馬に移住してまだ半年あまりだが、すでに林田さんと一緒にスポーツを楽しみたいという人は子どもたちだけでなく、保護者や他の部活動の部員や指導者など確実に増えている。陸上部100人の夢はあっという間に実現しそうだ。
昔から楽しそうにしている人の周りには、自然に人が集まってくると言うが、今の林田さんがまさにそうだと言えそうだ。取材中、林田さんは「対馬に来てからは毎日がめちゃくちゃ楽しいです」と笑った。その自ら楽しむ姿勢こそが、人をひきつけ島の人々が陸上に興味を持つきっかけになっていくのかもしれない。いずれ、島外から「対馬で陸上をやりたい」という子どもたちが移住してくる日がくるかもしれない。そんな希望を抱いてしまうような魅力が、林田さんのまわりには溢れていた。text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社ONE COACH