アニメ『サザエさん』キービジュアル (C)長谷川町子美術館

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モダンで西洋嗜好だった「浜さん一家」

 磯野家の隣人といえば誰? と問われれば、『サザエさん』を見ている人ならば即座に「伊佐坂先生」と答えるでしょう。作家の伊佐坂難物先生、妻のお軽さん、浪人生の甚六、高校生の浮江さんの4人家族です。ハチ公という犬を飼っています。

 しかし、昭和50年代に『サザエさん』に親しんでいた世代にとって、磯野家の隣人は伊佐坂先生ではありませんでした。磯野家の隣人といえば、まず思い浮かぶのが「浜さん一家」だったのです。

 洋画家でヒゲを生やしたダンディーな浜さん、ふくよかで上品な浜夫人(名前不詳)、そして女子高生のミツコさん(「みつ子」「ミツ子」と表記されることも)の3人家族。葉巻が好物のジュリーという犬を飼っていました。

 浜さん一家が登場したのは、1978年5月7日「突然のお隣さん」。磯野家を新しい自分の家だと勘違いして上がり込み、用意してあった食事まで食べてしまった浜さんとミツコさんの変わり者ぶりが描かれました。浜夫人のおかげで勘違いが判明し、最後は浜さんが磯野家全員に引っ越しそば(屋台のラーメン)を振る舞って一件落着するというお話です。

 磯野家や後に引っ越してくる伊佐坂一家と比べると、浜さん一家は洋風でモダンな雰囲気がありました。浜さんはいつもストライプのジャケットを着ていて、ベレー帽とパイプがトレードマーク。マイカーも所持していて、ドライブに出かける描写もあります。タマ、ハチ公に対してジュリーというペットの名前からして洋風嗜好がうかがえます。

 また、これは筆者の印象ですが、カツオから見たミツコさんは、同じポジションの浮江さんに比べて、憧れの度合いが強かったような気がします。登場時はちょっと変わった性格でしたが、前髪ができた頃からは可愛らしくて性格も優しい、パーフェクトなお姉さんになっていました。

 さて、磯野家の良き隣人だった浜さん一家でしたが、突然の別れがやってきます。1985年3月31日に放送された「早春伊豆長岡の別れ」という前後編のエピソードで、浜一家は伊豆に引っ越すことになったのです。浜夫人の体調が良くないため、空気のいい伊豆に引っ越すという理由でした。



浜さん一家の引越エピソードが紹介されている『アニメ サザエさん公式大図鑑 サザエでございま~す!』(扶桑社)

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『サザエさん』のレギュラー7人が一斉に「消えた」日

 浜さん一家の突然の引っ越しにショックを受けるカツオ、ワカメ、タラちゃん。そこで浜さん一家と磯野家、ノリスケ、タイコさん、イクラちゃんの波野家が揃って伊豆を旅行することに。旅先では、桜と富士山を眺めつつ、テニスやゴーカート、サイクリングなどをアクティブに楽しみます。

 タラちゃんのショックはなかなか和らぎませんでしたが、旅先でミツコさんと和解。しかし、一方でノリスケとタイコさんの間で不穏な空気が……。イクラちゃんの表情も沈みがちになります。

 なんと、旅の途中でノリスケ一家が名古屋に転勤することを発表したのです。イクラとの別れを悲しんでタラちゃんは号泣。ラストはサザエが宿泊先のスカンジナビア号(かつて沼津の沖合に係留されていた豪華客船。ホテルとして営業後、06年に沈没。Aqours「smile smile ship Start!」のPVは同船がモデルではないかと話題になった)から夜景を眺め、ミツコとイクラへの別れを思うというお話でした。

 浜さん一家との別れのはずが、途中からノリスケ一家との別れがメインになってしまった感のあるエピソードですが、昭和の『サザエさん』ファンからは名作として知られています。なお、この日放送された「山はまだ雪」では三河屋さんの御用聞き・三平が郷里に帰ってしまいました。『サザエさん』のレギュラー7人が、この日を境に一気に姿を消したのです。

 このような“大転換”が行われた理由は定かではありません。ただ、この日をもって『サザエさん』を初回から支えてきた宣弘社が撤退、ホームドラマ路線へと導いた初代プロデューサーの松本美樹さんが降板し、脚本家も一斉に降板するなど、制作体制が大きく変化したことが関わっていると考えられます。

 いずれにせよ、『サザエさん』が最高視聴率39.4%を記録したのは浜さん一家登場後の1979年ですし、火曜日に再放送の『まんが名作劇場 サザエさん』が放送されていたのが75年から90年代半ばなので、浜さん一家時代と大きく重なっています。平成・令和世代は知らなくても、『サザエさん』がもっとも多くの人たちに見られていた昭和の頃の「磯野家の隣人」といえば、やっぱり浜さん一家だと思うのです。