『ブックスマート』で俳優から監督へ
スター俳優から監督へと転身し、演技と同じくらい、いやそれ以上に才能を発揮するケースは多々ある。ロバート・レッドフォード、ジョディ・フォスター、メル・ギブソン、ジョージ・クルーニー……と、いくらでも名前を挙げられるが、このリストに仲間入りしたのが、オリヴィア・ワイルドだ。
ドラマ『The O.C.』(2003~2007年)で注目され、『Dr.HOUSE ―ドクター・ハウス―』(2004~2012年)や、2010年の映画『トロン:レガシー』のヒロイン役、2013年の『ラッシュ/プライドと友情』などで着実に俳優のキャリアを築いていたオリヴィア・ワイルド。そんな彼女が新たな才能を開花させたのが、2019年の初監督作『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』だった。
「演技はジャーナリズムに近い」
遊んでばかりの同級生たちを横目に、勉強一筋で学校生活を送り、一流大学への進学も決めた2人の女子高生。最後くらいバカ騒ぎしようと、呼ばれてもいない卒業パーティーに乗り込もうとする一夜が描かれるのだが、これが痛快そのもの。リアルなセリフの応酬に、高校生ならではの感受性、主人公の一人をレズピアンにしたことの効果、何より一夜のドラマの絶妙なテンポが気持ちよく、ワイルドの監督としてのセンスがいかんなく発揮された。
「女性の友情を描いた映画を見たかった。女性が男性を追いかけたり、外見を変えたりしない映画をね。本作は、ダサい女の子たちがおしゃれして、人気者になろうとする映画じゃない。これは友情の物語。」
— 映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』公式📖🧠👯♀️ (@BOOKSMART_JP) July 3, 2020
監督 #オリヴィア・ワイルド
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この『ブックスマート』は作品自体の高評価とともに、ワイルドにさまざまな新人監督賞の受賞やノミネートをもたらした。『トロン:レガシー』でインタビューした際に、ワイルドはこんなことを語っていた。
私の祖父や両親はジャーナリストなので、私にもその血が流れている。演技は、人生の真実を伝えるからジャーナリズムに近い。時には社会の正義を観客に教えることもできる。
ジャーナリズムの精神で作品を通して何かを伝えたいというワイルドの信念は、俳優という枠を超えて監督業の方が達成しやすかったのかもしれない。
監督2作目『ドント・ウォーリー・ダーリン』で大胆チャレンジ
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そんなオリヴィア・ワイルドの、待望の監督2作目が『ドント・ウォーリー・ダーリン』である。青春コメディ映画で大成功を収めたワイルドなので、その流れで来るかと思いきや、よりハイレベルなジャンルに挑戦。予想を裏切って進むサスペンススリラーで、監督としての野心がみなぎる一作を完成させた。
巨匠のような手さばきで複雑怪奇な世界を演出
都会の喧騒から離れたユートピアのように美しい街で、愛する夫のジャックと新たな生活を始めたアリス。平和でリッチな暮らしが保証されているその街では、いくつかの厳しいルールがあった。夫の仕事の内容を聞くことは禁止。妻は家で専業主婦でいること。パーティーには必ず夫婦で出席すること……などなど。ある日、アリスは近所の女性が怪しげな男たちに連れ去られる光景を目撃する。そこから、彼女は街のルールや夫の仕事に疑惑の目を向け始めるが、逆に変人扱いされ、精神の治療も受けることになってしまう。
ティム・バートン監督の『シザーハンズ』(1990年)を思わせる美しい住宅地に、専業主婦ばかりの街に不穏な空気が漂う『ステップフォード・ワイフ』(1975年/2004年)、さらに社会がどこか不自然で、自分以外は何かに操られて生きていることがわかる『トゥルーマン・ショー』(1998年)……と、一見、ユートピアのような場所を舞台にしたさまざまな作品が脳裏をかすめながら、この『ドント・ウォーリー・ベイビー』は、独特なムードと展開で進んでいく。結末を予想しながら観ていても、どこか不思議な空気に支配されていく感覚だ。