クマ棚・爪痕・樹皮はぎを見極める|山の痕跡から分かる生態【クマとの共存。vol.6】

「クマに背を向けて走ってはいけない」など、クマに遭った際の対処法が多くのメディアで紹介されています。しかし、ツキノワグマ(以下、クマ)を目の前に落ち着いてできることはそれほどなく、絶対の正解もありません。

交通事故の場合は「事故に遭わないために、どうすればいいか」を習います。同じように、クマの場合も「クマと遭遇したら」ではなく、「クマに遭わないために」が最も大事。そのためにできることは、「クマを知ること」です。

森で見つけられるクマ棚や爪痕などの痕跡(フィールドサイン)と、そこからわかる生態について、クマをはじめ森の生き物について研究している東京農工大学大学院の小池伸介教授に紹介いただきました。

クマの大きさ

意外と小さいツキノワグマ

約40㎏のクマの身体測定。人と比べると大きさが想像できる

本州・四国に生息するツキノワグマの成獣の体重はオスで40㎏から80㎏、メスで30㎏から60㎏あたりが標準的な大きさです。もちろん個体差もあり、季節によっても変化しますが、OSO18(※)をはじめとする、北海道にいるヒグマと比べると一回り小さいです。

そのため、ヒグマのイメージをもっていると、大人のクマを目撃したとしてもコグマと勘違いする人すらいます。

体長(しっぽの根元から鼻の先までの長さ)は1mから1.5mほど。体高(4本足で歩いているときの地面から肩までの高さ)は50㎝ほど。足はそれほど長くありませんので、脚の短い太った大型犬のような感じでしょうか。

※2019〜2023年にかけ、北海道東部の川上郡標茶町および厚岸郡厚岸町一帯で乳牛を襲撃していた雄ヒグマ1頭のコードネーム。人が唯一目撃し、日中に被害が発生した標茶町オソツベツの地名と、前足の幅が当初18cmと推定されたことにより命名

クマの手足とアイゼンのような爪

前足の肉球。指先には鋭い爪が存在する

脚は短くても、指先には鋭い爪があります。爪はクマが生きていくうえで、なくてはならない「アイテム」です。

爪の威力が発揮されるのは、木の実を食べるとき。クマは木に登って、木に育った果実を食べます。登るときは、アイゼンのように爪先を木の樹皮に突き刺すことで、体を支えて木に登ります。

クマの木登りを可能にしているもう一つのアイテムが、大きな肉球です。

猫や犬と違い、クマの手足の裏は大きな肉球で覆われています。この肉球を滑り止めのように使うことで、垂直な木でもするするっと登ることができるのです。

木に登る際には、点々と樹皮が剥がれた爪痕が作られる

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クマの能力と性格

優れた嗅覚・視覚・聴覚

クマは嗅覚を頼りに生活を送っています。匂いを感じるときに働く鼻の奥にある嗅細胞が犬よりも多いことから、犬よりも嗅覚が発達しているともいわれています。

しかし、視覚や聴覚が劣っているかというと、決してそんなことはありません。私たちと同じような色の見え方ではないようですが、動体視力は人間をはるかに上回ります。

私たちがクマの存在に気が付くよりもはるか前に、クマは人間の存在に気付いていることからも、聴覚も私たちよりははるかに優れていそうです。

優れた運動能力

木登り以外でも、抜群の運動能力を誇ります。

東北地方の沿岸の島々では、クマが海を泳いで島に渡ることが報告されています。北海道のヒグマの例では、対岸から20㎞も離れた利尻島まで泳ぎ切ったという報告があることからも、泳力もなかなかのようです。

時速50㎞近くで走る車を追いかけてきたヒグマの事例も知られることから、走力でも人間にはかないそうもありません。

さらに、急峻な日本の山々を1日で数十㎞も移動することがあるので、体力も抜群のようです。

クマがアリを食べるために破壊した朽ち木

記憶力の良さ

クマは、母親から生後1年半の間に、食べ物や危険な場所など生きていくうえで必要なことを学ぶといわれています。そのため、同じ地域でも特定の母親の家系のクマは、特定の食べ物を食べることが知られています。

クマは母親と別れた後は、基本的には生涯を単独で過ごします。さらに、野生でも20年を超えて生きることも珍しくありません。そのため、広い森の中を長い間一匹で生きていくうえでは、過去の記憶や経験が頼りなのかもしれません。

高い警戒心

野生のクマは日の出とともに活動を始め、日の入りとともに一日の活動を終えます。ところが、人間への警戒心のためか、集落近くで活動するときは夜行性になることもあります。

では、なぜ昨年(2023年)の秋には、昼間に集落の中の柿の木に登るクマの姿などが見られたのでしょうか。おそらく、初めのうちは、クマは恐る恐る、夜に集落のはずれの柿を食べていたのかもしれません。

しかし、人に追いかけられることもなく、簡単に食べられたという成功体験が、その後のクマの行動をだんだんと大胆にさせ、本来の活動時間である昼間に森から出て、集落の中にまで探索に行くようになったのではないかと考えられます。