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プロレスラーにとって真の「プロ」とは何か? 53歳の現役レスラーが見つけた、人生で大切なこと

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 Amazonプライム・ビデオで配信されていた、『有田と週刊プロレスと』というトーク番組があった。この番組の立て付けは「プロレス大好きな有田哲平が週刊プロレスをひたすら見てひたすら語り、そこから人生に役立つ何かを教える番組」である。プロレスには人生にとって大事なことが詰まっていることを前提に、それを週刊プロレスのバックナンバーから(半ば無理やり)見つけ、番組一回ごとに結論としてまとめるという作りだった。

参考:プチ鹿島がアントニオ猪木から学んだこと 「スーパースターは自ら多くを語らない」

 あくまでトークバラエティであり、有田哲平の語りのうまさも相まって、「プロレスには人生にとって大事なことが詰まっている」という前提も半分はギャグ(しかし残り半分はマジであるというのがとても大事なのだが)として受け取れる作りになっていた。しかし事実として、プロレスには人生にとって大事な学びが詰まっている。

 ではその「大事な学び」は一体どのような内容で、レスラーはそれをどのように学び、どのように考えて噛み砕き、どのように実践しているのか。この疑問に応える書籍が、ベテランレスラーにして文筆家としても活躍するTAJIRI選手の新刊『真・プロレスラーは観客に何を見せているのか 30年やってわかったこと』だ。

 高密度な本である。元々は2019年に刊行された『プロレスラーは観客に何を見せているのか』という書籍の文庫版として企画されたものだったが、4年の間にコロナ禍を経てTAJIRI選手の所属団体や境遇、そして社会のありようも変化。それによる考えやスタンスの変化を踏まえて、大幅に改変・加筆された内容となっている。

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 本書にはプロレス好きが大喜びするようなトピックも、相当のページ数を割いて書かれている。表現者としての側面も持つ「プロレスラー」という仕事を30年やったからこそ得られた、リングの上で強さや素早さ、キャラクター性を見せるための方法論。ちゃんと効く技と試合の組み立てを用いれば、危険な技や下手をすれば死ぬようなバンプを使わなくても見応えのある試合を作り出せるという理論。書いてあることには強い説得力がある。

 また、TAJIRI選手が関わったゴシップなどに言及されているのも、ファンならばグッとくるポイントだろう。近年よく見られた「TAJIRIによる洗脳」をめぐる陰謀論についての反論もなかなかの内容だが、若手時代のTAJIRI選手が参戦した90年代の新日本プロレスに関するエピソードもえぐい。TAJIRI選手が散々いびられたという某選手、一体誰なんでしょうね……。

 しかし、本書は単なる「プロレスファン向けのマニアックな書籍」を飛び越えた射程を持つ一冊である。特に読ませるのは、一団体に所属するだけではなく、体ひとつで世界を渡り歩いた経験から導き出された「”プロである”とはどういうことかということか」という主張だ。

 単にレスリングがうまい人間、体力も筋力もある人間、喧嘩が強い人間はいくらでもいる。そういった人々と、プロのレスラーを分つものは一体何か。金を稼ぐとは一体どういうことなのか。そして稼ぐためにはどのようなマインドが必要なのか。生き馬の目を抜くようなプロレス業界に飛び込み、プロレスにとって逆風が吹き続けた30年間を戦い抜いてきたレスラーならではの知見は、マニアのみならず全社会人必見である。

 さらに印象的だったのが、現在53歳のTAJIRI選手が考える職業人としての「達成感」について触れた章だ。国内外問わず幾多の団体を渡り歩き、プロレスラーとして30年という長い時間を戦ったTAJIRI選手にとって、もうすでに獲得したいベルトや絶対に出たいメインイベントは存在しない。細かいプライドにこだわらず、しかし現役レスラーとしてのコンディショニングはしっかりとこなし、若手に自らの知見を伝えながら、ストレスとなる要素をできるだけ削ぎ落としたシンプルな生活を送る。

 現在のTAJIRI選手が九州の地で思うままに生きることができているのは、30年という現役期間の間にやりたいと思うことをやり尽くしたからだという。その達成感があるからこそ、プライドを捨て、現在のプロレス業界の動きにも流されず、泰然とプロレスの根底そのものを面白がることができていると、本書には書かれている。

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