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川﨑麻世、生き別れた父、離婚……華やかな芸能人生の影「普通で平和な家庭にあこがれる。ずっと怯えて生活していたから」

SmartFLASH

川﨑麻世

「鮨好きです。3日連続で夜は鮨ということもあります」

 川﨑麻世のブログは、なるほど鮨に関する記事で埋め尽くされていた。

「芸能界に入って初めて行った鮨屋は六本木の芋洗坂にある店で、当時所属していた事務所の副社長に連れて行っていただきました。カッコいい大人のお客さんばかりで、『僕もあんな大人になりたい』と思い、そのあこがれを今も追い求めて鮨屋ののれんをくぐっているのかもしれません」

 この日、訪れたのは東京・築地の「秀徳本店 恵」。界隈に系列6店舗を構える人気店だ。川﨑は10年ほど前から通っているという。

「たまたま入ったお店ですが、板前さんが中学の同級生だったんです。思い出話で盛り上がり、それからちょくちょく寄らせていただいています。

 板前さんとカウンターに座るお客さんは、舞台で演じる役者と観客の関係に似ていると思っています。板前さんはネタ、役者は演技でお客さんに感動していただきますが、その仕事ぶりによっては感動があったり、なかったりします。こちらの板前さんの仕事にはいつも感動させられるので、味を楽しみながら役者として気持ちが引き締まるんです」

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 たのきんトリオの登場でミュージカルに転身

 川﨑が芸能界との接点を持ったのは12歳のころだった。

「芸能界にあこがれみたいなものはありましたが、芸能人になりたいといった気持ちはありませんでした。興味本位で、当時人気番組だった『プリン&キャッシーのテレビ!テレビ!』(1973~1975年、よみうりテレビ)の素人参加コーナー『パクパクコンテスト』に自分で応募。西城秀樹さんの振りまねでグランドチャンピオンになり、それがきっかけで芸能界入りしました」

 翌年には不二家「ハートチョコレート」のCMが決まり、平尾昌晃音楽学校にも通い、歌も学んだ。すぐに人気は爆発。喫茶店だった実家の店内は、川﨑に会いたい女の子で毎日占拠されてしまうまでに。バレンタインデーにはチョコレートを持ったファンが駅から自宅まで長蛇の列を作った。

「自宅の2階からロープをつけたザルを下ろして、それにチョコを入れてもらいました」と川﨑は懐かしそうに語る。

 上京して本格的に芸能活動を始め、1976年『カックラキン大放送!!』、1977年ドラマ『怪人二十面相』に次々と出演。

 1977年には『ラブ・ショック』で歌手デビューも果たした。順風満帆のアイドル活動だったが、川﨑はミュージカル俳優へと舵を切る。

 1984年、劇団四季の看板演目『CATS』のオーディションを受けて合格した。

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