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『パスト ライブス/再会』グレタ・リーにインタビュー「静ひつな演技で愛や運命を表現できれば、時間の流れという概念も伝わる」

MOVIE WALKER PRESS

12歳の時、ソウルで別れた2人の男女が、12年後の24歳の時にSNSで連絡を取り合い、さらに12年後の36歳で、ついにニューヨークで対面を果たす…。「この人といつか一緒になりたい」と密かに決心した彼らは、それぞれの人生を経て、どんな想いにかられるのか。せつないラブストーリーが多くの人の心をつかみ、今年のアカデミー賞では作品賞と脚本賞にノミネートされた『パスト ライブス/再会』(公開中)。この高い評価は、それぞれの心情を繊細に表現したキャストたちの功績も大きい。なかでもヒロインのノラを演じたグレタ・リーは、冒頭からラストまで俳優としてハードルの高い演技を要求され、それに応えている。ドラマ「ザ・モーニングショー」などで韓国系アメリカ人俳優として躍進めざましいリーに、ノラ役にかけた想いや、次回作への意気込みなどを聞いた。

■「別の人生では結婚していたかも…?」グレタ・リーとセリーヌ・ソン監督の特別な関係

「どんな映画の場合でも、俳優としてキャラクターを創造し、物語を伝える際には、作品がどのような評価になるのか考えないほうがいいと思います。今回起こったことは、スタッフやキャストにとって、いまもずっと大きなサプライズのままです」

『パスト ライブス/再会』の成功について、リーは素直に驚きを隠さない。本作の監督を務めたセリーヌ・ソンは、12歳でソウルからカナダへ移住し、ソウル時代の初恋の相手と大人になってニューヨークで再会した自身の経験を基に脚本を書き上げた。自分の分身であるヒロイン、ノラ役をリーに任せたソン監督は、リーについて「前世(パスト・ライブス)で結ばれていた仲」だと話していた。

「別の人生で私と結婚していたかも…と、セリーヌは冗談っぽく話していますが、それがいい意味かどうかは謎なので、私も笑いながら聞いています。その言葉の真意は、私たちの間に本当の協力関係が築かれたということでしょう。アメリカはもちろん、アジアにしても、こうした2人の女性がコラボレーションするチャンスは少なく、今回それができたことに心から感謝しています。ちょっと神聖な気持ちにもなりました」

■「最初は韓国語での演技に躊躇していた」

ソン監督は12歳までソウルで生活していたが、リーは生まれもアメリカのロサンゼルス。これまでの俳優業でも基本的に英語のセリフを話してきた。

「私の両親は韓国からアメリカに移住し、そこで私が最初の子として生まれたので、子ども時代は韓国語が第一言語でした。アメリカの学校に通った私は、家族のなかで最初に英語を話す人間になり、家族の通訳を任されることも多く、その経験がノラ役に生かされたと思います。それでもまさか韓国語で演技ができる日が来るとは思ってもいませんでした。アメリカのエンタメ業界で、韓国系アメリカ人女性の視点で語られる作品はほとんどありません。ですから私も英語でキャリアを積んできたのです。今回もオーディションを受けておきながら、最初は躊躇していました。私より韓国語が上手な俳優がいると思ったからです。オファーを受ける覚悟を決めるまで、自分で自分を納得させる必要がありました。実際に韓国語で映画を撮ることは、かなり大変でした。私が韓国語を話すことさえ知らなかった友人もいたので、自分の新たな側面を見せることに緊張したのです」

■「24歳と36歳のシーンは、まったく別の映画だと考えて演技しました」

劇中のノラは「韓国語で夢をみる」と話すが、リーも「夢は英語と韓国語の両方」と打ち明ける。英語と韓国語の両方のセリフをこなすことに加え、ノラ役には、もうひとつ高いハードルがあった。12歳で別れた初恋の相手ヘソンと24歳の時にコンタクトが取れ、36歳で再会するという物語なので、24歳と36歳のノラを演じる必要があったのだ。

「24歳と36歳のシーンを演じる際、まったく別の映画だと考えました。特殊効果やメイクには一切頼れなかったからです。人生の特定の時期は、そこで出会った人も含めて独自の世界を形成するので、そこに自分のアイデンティティを投影する感覚です。繊細で静ひつな演技で愛や運命を表現できれば、時間の流れという概念も伝わるのではないでしょうか。でも実際に10年前の自分って、そんなに本質は変わっていないですよね?そのように捉えることも、演技に役立ちました」

■「最も演技が難しかったのは、あのオープニングのシーン…」

演技という点では、共演者との相性も重要だったと思われる。ヘソン役のユ・テオは現在、韓国を拠点に『別れる決心』(22)やドラマ「その恋、断固お断りします」などで活躍している。そしてノラの夫であるアーサーを演じたのは『ファースト・カウ』(19)などのアメリカ人俳優、ジョン・マガロだ。

「テオは韓国系のドイツ人で、私たちが育ったカルチャーは違います。でもその違いが、演じるキャラクターに埋め込まれていました。驚いたのは、テオが私から引き出してくれた感覚です。『もしアメリカ文化とつながりがなければ、私はどんな人生を送っただろう』と、テオが感じさせてくれたのは事実です。またジョンとの共演では、ノラの新たなダイナミズムが生まれたと感じます。ヘソンとアーサーは対照的な立場なので、ノラ役の私も異なる対応ができたのでしょう。ソン監督は、撮影中にテオとジョンが会うことを禁じていました。劇中の出会いのシーンが、実際に彼らの初対面だったのです。こうした配慮によって、私もアメリカ人の夫と、韓国の初恋の相手に対するノラのアイデンティティを形成することができたと思います」

2人の男性の間で揺れるノラ。その心は、『パスト ライブス/再会』の冒頭のバーのシーンで、カメラを見つめる表情が暗示する。ノラの表情に込めた想いを聞くと、リーは次のように答える。

「多くの人は、本作のラストシーンが最も難しい演技だと思うかもしれません。しかし実際に大変だったのは、あのオープニングです。あのノラの表情は、これから映画で起こることを予見しつつ、そのミステリーに観客を誘う意味も込めなければなりませんでした。私はカメラに向かって、謙虚な気持ちでそれを表現しました。映画のタイプはまったく違いますが、ラース・フォン・トリアー監督の『奇跡の海』が頭をよぎりました。あの映画が第四の壁を壊し(登場人物が観客に向かって語りかけること)、人間の狂気や喜びを描いたように、私がカメラを見つめるだけで作品のテーマの一部でも伝えられていたら幸いです。映画の始まりとラストを結びつけるうえで、あれは重要なカットになりました」

ノラと自身の共通点はどこにあるのか。彼女の私生活のパートナーは脚本家で、ノラの夫、アーサーも作家だが、「たしかに私の夫は白人です。彼とは大学時代に知り合って、いまは2人の子どもがいます。でも韓国系として経験してきたことはノラとずいぶん違いますし、重なる部分は少ない気がします」と、自分と切り離し、ゼロからキャラクターを作り上げたことをリーは強調する。

■次回作はSFアクション!今後の活躍にも期待大のグレタ・リー

本作の成功により、リーの活躍の場はさらに広がりそうだが、彼女自身が目指す方向性はどこなのか。そのヒントとして、好きな映画、理想とする俳優を聞いてみた。

「アンドリュー・ヘイ監督の『さざなみ』ですね。あの作品のシャーロット・ランプリングの演技は今回の参考にもなりました。ハリウッドは資本主義が加速し、スペクタクルな作品が増えていますが、『パスト ライブス/再会』のように小さな輝きを放つ作品では、ランプリングの演技にインスパイアされます。俳優ではマギー・チャン。ウォン・カーウァイの作品では、ストーリーテリングのスタイルと彼女の力強い演技が見事に重なって、愛や憧れの本質を表現していましたから。リチャード・リンクレイターの『ビフォア』シリーズも、主人公2人に地に足の着いた演技が要求されていて、本作のような作品に出る際の私にとっては理想の作品です」

しかしその言葉とは裏腹に、次回作として待機しているのは、あのSFアクション『トロン』の新作(原題『Tron:Ares』)。ちょっと意外なチョイスという気もするが…。

「たしかにまったく違うジャンルですね(笑)。でもほとんどの俳優は、自分の能力を伸ばすために異なる作品に挑戦したがるものです。『トロン』のような作品では肉体的に多くのリスクを冒す必要があり、少し違ったアプローチで自分の本能を信頼するわけです。でも同時に、恋愛映画とアクション映画は似ているとも思います。恋におちるという精神的、身体的な経験は、アクション映画の盛り上がりに近い感覚でしょう?」

『パスト ライブス/再会』で繊細を極める演技をみせたリーが、SFアクション大作でどんな輝きを放つのか。ぜひ楽しみに待ちたい。

取材・文/斉藤博昭
 
   

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