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「素人の寄せ集め」から「世界の強豪」へ、パラテコンドー日本代表の進化

パラサポWEB

東京2020パラリンピックが生み出したエネルギーが、世界の頂点を目指して進んでいる。パラテコンドーの日本代表は、世界ランキング上位に名を連ね、パリ2024パラリンピックの出場候補、そしてメダル候補となっている。2021年に実施された東京大会では、日本選手3人が出場したが、全員が開催国枠での出場。準々決勝までに負けた選手が進む敗者復活戦の2回戦が最高成績で、誰もメダルマッチには届かなかった。わずか2年で、どのように進化を遂げたのか。

パリでメダルを狙える位置にいる日本選手

10月28日に閉幕したアジアパラ競技大会では、明確に躍進した姿と、その背景が見えた。2023年シーズンの終盤、世界ランキング上位の選手にとっては、上位8人が参加できる(同国選手の人数制限などがあり、8位以内とは限らない)グランプリファイナル(12月)の出場に向けて、世界ランキングのポイントを稼ぐ重要な大会だった。

とくに、世界ランキングで4位の男子70kg級(K44クラス)工藤俊介、5位の男子58kg級(K44クラス)田中光哉は、グランプリファイナルを終えて更新される1月の世界ランキングにおいて、6位以内でパリパラリンピックの出場権を獲得するだけでなく、4位以内に入ってシードも獲得したい立場。一つでも良い色のメダルを目指す舞台だった。

アジアパラで銀メダルを獲得した田中

結果は、田中が銀、工藤が銅メダルを獲得。日本から参戦した選手のうち唯一、決勝戦に進んだ田中は、金メダルをかけてライバルの台湾選手と対戦。試合序盤、互いに相手を誘い込むロースコアの展開となったのは狙い通り。距離を詰めるのに相手が苦労しているのは明らかだった。しかし、距離を詰めた際に相手の右ミドルを受けたり、相打ちに行ったところで相手にポイントが入ったりとリードされ、終盤は攻め込んだところにカウンターを合わせられ、11-27と突き放された。田中は「やりたいことが、50パーセントくらいはできた。おそらく、彼もパラリンピックでメダル候補になる。その舞台で勝つことができればいい」と大舞台での巻き返しを誓った。ライバルに敗れたが、銀メダル獲得でポイントを積み重ねることはできた。2024年1月の世界ランキングによって、大陸予選を待たずに出場権を得られれば、今後は相手の対策に時間を充てられる。

東京開催決定を機にゼロからの出発

堂々と世界のトップ選手と渡り合っている姿に驚きがある。東京パラリンピックに向けて競技を始める選手を集める段階にあった数年前には、考えられなかった状況だ。テコンドーがパラリンピックで採用されたのは、東京大会が初めて。東京開催の決定が2013年、テコンドーの初採用が2015年に決まった。その後、全日本テコンドー協会にパラテコンドー委員会が発足。

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当時は、東京大会に出場できるかもしれないという言葉でパラテコンドーに挑戦する選手を集める段階にあった。声をかけられて競技を始めた選手たちはキャリアが浅く、言葉を選ばずに表現すれば「素人の寄せ集め」に近い状態だった。しかし、男子は当時の選手たちが切磋琢磨を続け、今や各階級で世界ランキング上位者として安定した成績を残す「世界の強豪」へと変貌を遂げているのだ。

田中(写真)と工藤は、パリでメダルを狙える位置にいる

日本選手活躍の裏にルール改正!?

日本が進化した背景には、複数の要因がある。一つは、東京パラリンピック後に採用階級が3階級(61、75、75超)から5階級(58、63、70、80、80超)に増えたことだ。田中は、前回の61㎏級から58㎏級へ変更。体格が大きかった海外のライバルは63㎏級を選択したため、体格差の不利から解放された。各自が適正階級で戦えるようになり、技術や戦術面が活きやすい環境になったことは、力自慢タイプが少ない日本にとっては好都合だった。ルールの面でも3ラウンド制から1ラウンド制への変更により、各自1分間のタイムアウト要求が可能になり、体力面や戦術面で勝負する日本選手にとっては、立て直しやすい環境となった。

アジアパラ日本代表の田中(右)パラテコンドーのハイパフォーマンスディレクターでもある作田監督(左)と

もう一つは、2022年に作田武俊監督が就任後、国内での強化ではなく、コンスタントな海外遠征での強化に変更したことが挙げられる。男子は、工藤、田中、田中と同階級で世界ランキング13位の阿渡健太、男子80㎏超級(K44クラス)で世界ランキング8位の伊藤力という4人がトップ選手。田中、阿渡がいる階級を除けば、国内にライバルが存在しない。選手数の少なさというデメリットを、少数精鋭で遠征費を節約できるメリットに変える発想が効いた。国際試合を戦い、世界ランキングポイントを稼ぎながら実戦経験を積んできた結果、日本の選手は不慣れによる緊張感と戦う必要がなくなった。アジアパラ直前の10月上旬にも同じ中国の太原市で開催されたグランプリ大会に出場。グランプリは、年間3大会のみの開催で格付けが高く、世界ランキング上位者が集う舞台だが、工藤が銀、田中と伊藤が銅メダルを獲得するなど、世界の強豪としての力を示している。田中は「今月も中国で国際大会を戦ったくらいで、すごく自分の力が出しやすい。試合慣れの面では、ほかの日本選手を含めて、かなりできているので、いい成績を出せているのではないかと思います」と手応えを示した。

もちろん、進化しているのは日本だけではない。世界でも遠征が少なくランキングこそ低いが新たな実力者たちが台頭している雰囲気もあり、メダル争いはし烈なものになりそうだ。しかし、日本は、その一角に堂々と名を連ねるようになった。素人の寄せ集めのような集団から、世界の強豪への成長。東京パラリンピックを機会にパラスポーツの普及に努めた成果が、一つの形として表れている。

田中と同じ階級の阿渡。「金メダルしか見ていなかった」アジアパラでは3位決定戦で敗れた

国内の選手不足は続く

一方、課題もある。女子は、強化が思うように進んでいない。東京パラリンピックには、ノルディックスキーで実績を残した太田渉子が出場したが、以降は代表活動をしていない。 現在は、大津恵美子が8月に初の国際大会を経験するなど健闘しているが、選手の数が少ない状況は変わっていない。男子も次世代が出てくるかどうかという問題を抱えている。

東京パラリンピック以降、女子も5階級に分かれて実施されている

東京パラリンピック出場という大目標を魅力に感じて競技を始めた世代から、次の世代へ。阿渡は「我々が引っ張っていくのと同時に、下の世代がついてくるような仕組みや体制がないといけない。私は、単純にテコンドーがすごく楽しくて、まだまだ伸びしろがあると思って、東京パラリンピック(への挑戦)で辞めるつもりだったのが、今もやっていて、やればやるほど楽しい。だから、その楽しさを下の世代に伝えていきたい」と話し、今は障がいのある子どもたちを対象としたテコンドー教室も行っている。

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