世界唯一の救難飛行艇「US-2」パイロットの職人芸&“オンリーワンの仕組み”を見た! 問われるお値段「F-35の2倍」

動かない滑走路を離着陸する陸上機とは異なり、常にうねる海上を離発着しなければならない飛行艇。搭乗員の練度ももちろん、それを支える機体の技術にも目を見張るものがあります。

辛坊治郎氏の救出時、エンジンが1発停止

 水面で離発着する「飛行艇」の搭乗員には、職業病のようなものがあるそうです。旅客機や船に乗客として乗っていても、海面の波を観察して、「これならここに降りられるな」と着水ポイントまで無意識に見えてくるのだそう。船乗りとも陸上機乗りとも違う、独特の感性です。

 陸上機は決められた滑走路に確実に降ろさなければなりませんが、飛行艇なら広い海のどこでも降りられそうです。しかし、滑走路は動きませんが海面は常に流動しています。波を解析し、着水できる場所を瞬時に見極める技量が飛行艇乗りには必要です。

 波は風や遠くから伝わってくるうねりも加わり、様々な力が複合的に作用して発生します。海上自衛隊が所有する救難専用飛行艇US-2には波高計が搭載されていますが、計測できるのは通過した場所のその瞬間の波であり、これから着水しようとする地点の波ではありません。波高計が波高1mと表示しても、ベテランになると「いやこれは1.1mだな」というように10cm刻みで見極められるそうです。訓練用シミュレーターもありますが、この感覚を養うには5年程度の実地経験を要するといいます。

 陸上機は滑走路に衝撃なくそっと降りるのが良いですが、飛行艇は緩い角度でそっと着水しようとすると、波にあおられてジャンプしてしまうので、むしろ「ドスン」という衝撃があるような着水をします。

 飛行艇にとって波は難物です。滑走中にぶつかると速度は相殺されますし、あまり酷く波を被るとエンジンは止まり、プロペラやフラップが破損してしまうこともあります。2013(平成25)年6月21日に、漂流した元ニュースキャスター・辛坊治郎氏をUS-2が救助したのは有名ですが、その際には波を被ってエンジンが1発停止したそうです。その後再起動して任務に支障はありませんでした。

(広告の後にも続きます)

波の影響を軽減する2つの工夫

 US-2では波の影響を軽減する様々な工夫がなされています。ひとつが、できるだけ波にぶつからず、すぐに離着水できるような短距離離着陸能力(STOL)です。

 60度の深い角度を持つフラップと、圧縮空気を翼面に吹きつけ上面と下面の気圧差を増強し、揚力を増す境界層制御装置(BLC)が装備されています。フラップとは、航空機の速度が遅くても充分な揚力を得られるように、主翼の前縁または後縁につけられた翼です。

 US-2は圧縮空気コンプレッサー駆動用に、1362馬力のヘリコプター用ガスタービンエンジンを搭載しており、噴出する空気の圧力はとても強く、近くにいると人も吹き飛ばされるほど。この機構により、最低着水速度約95km/hを実現しています。

 旅客機では加速滑走してようやく離陸するのに比べると、US-2は加速を感じた瞬間には離水しているような不思議な感覚です。BLCは水平尾翼エレベーター、垂直尾翼ラダーにも付加されており、舵の効きがよく大きな機体の割には運動性に優れています。

 もうひとつが、着水時の波の影響を緩和する波消し装置です。機首の波消し溝と波消板、機体側面から波を逃がすスリットなどを備えており、なるべく機体が波を被らないよう工夫されています。

 これらの機構により、公称では波高3mの海面にも離着水できるとされていますが、実際の運用では波長や風の状況など着水可能条件が決められています。着水したは良いが離水できないとなれば最悪です。

 着水できない場合は、救命キットを投下する間接救助や救難船舶、後続機の誘導を行います。海面状況は刻々と変化しており、先行機が直接救助できなくても、時間をおいて現着した後続機が救助できる場合もあるそうです。