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第47回:『エクス・マキナ』監督のアレックス・ガーランドがA24と組んだディストピア映画『CIVIL WAR』の米反響

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人間か人工知能の主従関係の心理戦を描いた映画『エクス・マキナ』(2015) でセンセーショナルな映画監督デビューを成し遂げた英国人アレックス・ガーランド監督。彼の新作映画『CIVIL WAR』 (原題) が4月12日に全米公開され、2週連続で興収トップを記録。いまやトップスタジオ並みにヒット作を生むA24が発信したこの映画。アカデミー賞直後のテキサス州、オースティンのSXSW (サウス・バイ・サウス・ウェスト)  映画祭でプレミア上映され、すでに批評家たちの今年のベストテン入りではと注目が集まっている。

映画のテーマはタイムリー。今年11月に行われる米大統領選挙を目の前にして、米国民は民主党バイデン派、共和党トランプ派と二極化し、両者それぞれの理想のアメリカ像を求め、米政治への関心は高調している。そんな中、テレビシリーズでも、ベストセラー本「チェイシング・ヒラリー」を脚色したHBO MAXのドラマシリーズ「The Girls On The Bus」(原題) も好評。ジャーナリストの目から見た米大統領選を見据えたドラマは、一般人が政治家を選ぶ上でのフラストレーションを映し出し、その先にある選挙の意義を問いながらSNS時代のジャーナリストに注目。デモクラシーを考える好機が訪れている。

目を背けてはいけない戦場フォト・ジャーナリストの記録

約2年前に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻、そして去年10月、原理主義組織ハマスのイスラエルに対するテロ攻撃とガザ紛争で苦しむパレスチナ。破壊された建物や、爆弾で負傷し、飢餓で苦しむ人々の映像などがテレビやインターネットで多く報道されるなか、現場のジャーナリストの姿はほとんど表に出てこない。

今年3月のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画『マリウポリの20日間』。受賞したAP通信のウクライナ人ジャーナリスト、ミスティスラフ・チェルノフが授賞式で挨拶し、歴史を映像で記録する意義を強調していたが、その言葉は映画『CIVIL WAR』の主人公リーが発する「私たちが記録するから、見る人がその出来事を問うことができる」という台詞にも呼応するものがある。

映画の舞台は戦場化したニューヨーク市。支給する水の確保で対立する人々の様子を捉えていたリーはこれまでに何度も各国の戦場に赴いてきた有名な女性フォト・ジャーナリスト。Situation Awarenessという、戦場でどう動くかを体が覚えるほどに身体的、そしてメンタルでも鍛えられた女性。リーとレポーターのジョエルは、集団の中で爆弾発砲に巻き込まれ、リーはその場に居合わせた若いアマチュア・カメラマンのジェシーを助けるのだった。

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その夜、リーはホワイトハウスに立てこもっている大統領取材のために、危険極まるワシントンDCへの旅を決行準備。しかし、年配のサミーもその取材に同行を希望。ベテランとはいえ、ガソリンの確保さえ必死な非常事態のロードトリップは危険。連れて行くかという決断をジョエルに託し、リーは写真をアップロードするためにホテルの部屋に戻るのだった。翌朝、PRESS (報道記者) と大きく書かれた車両には、サミーだけでなく、前日出会ったばかりのジェシーまで同乗。自らを慕う、まだ子供のようなジェシーを連れていくことに気乗りしない中、しぶしぶ同乗するリー。ワシントンDCまでの旅には、あらゆるハードルが待ち受け、息盛んだったジェシーも、震撼する体験に出くわして一睡もできない夜が続く。その様子を心配したリーは、ジェシーが撮影に使う父親の古いフィルム・カメラについて会話し、お互いの家族が、アメリカ内戦が起きていることを見てみないふりをしているという共通点で心を開き始める。

憧れのヒーローであるリーのように、戦場フォト・ジャーナリストとしての情熱を取り戻すジェシーと反対に、自らの故郷で起きているアメリカ内戦の人間憎悪にストレスと心労がたまっていくリー。旅は、緊張感を産む様々な出会いを得て、今まで見たことのない絶句するディストピア世界に観客を追い込んでいく。

珠玉のキャスト、そして監督のメッセージ

主人公リーを演じたのが、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994) で子役デビュー、『スパイダーマン』(2002) で大役を得たあと、ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』(2006) 、そしてアカデミー賞ノミネート作品『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021) など、着実に大女優として歩み続けるキルスティン・ダンスト。リーを尊敬する若いフォトグラファー志望のジェシー役に、同じくソフィア・コッポラの『プリシラ』(2023) で主役に抜擢されたケイリー・スピーニーが体当たり。ソフィア・コッポラに、スピーニーを勧めたのがキルスティン・ダンストだそうで、公私ともに、先輩・後輩のような2人の女優は絶妙な相性。キャリアを突き進んだ女性リーと、そのキャリアに憧れる駆け出しのフォト・ジャーナリスト、ジェシーがこの映画の原動力。生死もかまわず、報道するために突き進む戦地特派員たちの姿は力強く、老若男女4人のロードムービーは、今までに見たことのないリアルな課題を突きつけ、争いがない平和への思いを募らせる。

『エクス・マキナ』の美しい人工知能、AIの姿を私たちの脳裏に焼きつけたガーランド監督は、もともとは作家。1996年に著作「ザ・ビーチ」でセンセーショナルに作家デビューして以来、レオナルド・ディカプリオ主演『ザ・ビーチ』(2000) の映画化で、監督ダニー・ボイルと組み、『28日後・・』(2002) や『サンシャイン2057』(2007) ほか、数々の映画の脚本も手がけている。去る3月14日、テキサス州オースティンで毎年行われるSXSW映画祭では、10年前の『エクス・マキナ』プレミアと同日同会場で、新作披露。プレミア会場のステージで挨拶した際、この脚本を書くにあたって、自らの父親が英国の新聞のカートゥーニスト (一コマ漫画家) だったことを明らかにし、従軍記者だった父の友人が家に集まり、あらゆる世界情勢について論議していた幼少時の思い出に触れ、彼らをヒーローにするような映画を作りたかったとも語っている。

この作品が米大統領選前でタイムリーだと言われることに対し、「この企画は4年前の選挙の時に思いついたものの、Covid-19で実現できなかっただけ。アメリカで内戦が起きるのではというディスカッションは長い間、いろいろな場で語られていた。戦争は世界各地で起きていて、これは英国でも起こりうることだ。」と話し、さらには、映画の中で、近未来のアメリカでは、連邦政府から19の州が離脱し、テキサス州(共和党多数)とカリフォルニア州(民主党多数)が一体となって対政府軍と戦うなど、映画はどちらの米政党サイドに立たないことで、観客がそれぞれで考える映画となってほしいと語っていた。

キルスティン・ダンストは、フォト・ジャーナリストを演じるにあたり、カメラを構えるということに慣れることが第一だったそうで、監督からは、シリア内戦の報道中に亡くなった米国出身ベテラン戦争特派員メリー・コルビンさんについての本「 Under The Wire -Maria Colvin’s Final Assignment 」( 英国「 The Sunday Time 」の同僚で報道写真家ポール・コンロイ氏が著者 ) を読むことを命じられたという。さらには、映画『炎628』(1985) を観て、戦争の残酷さ、人間そのものの残酷さを学ぶことも、この役作りに必要だったそうだ。

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