裕福な家庭に生まれ育つも、孤独を感じていた少年・蜷木崇。そんな彼を支えたのは、ただ野球しかなかった。スランプや怪我を乗り越えながら、日本一をかけたアツイ戦いが今始まる!※本記事は、大藤崇氏の小説『野球の子』(幻冬舎ルネッサンス)より、一部抜粋・編集したものです。
第二章 フィルダース・チョイス
僕は高校に入学した。入学と同時に、野球部に入部、甲子園大会で五連覇を達成した。ついでに国体も神宮大会も優勝。
その年のドラフトでビッグ・キャッツから一位指名を受けて、プロ野球選手になった。あらゆるタイトルを独り占めし、ビッグ・キャッツを何度も日本一にした。そして、海を渡り、ニューヨーカーズに入団、世界一となった。
というのは真っ赤な嘘で、本当なのは高校に入学した、ということだけだ。中学生まであんなに熱心に打ち込んでいた野球から、結局僕は離れてしまった。
怪我をしたり、野球に挫折した、というわけではない。全ての物事には理由がある。
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快活で行動力に満ちた母が、まだ三十代後半という若さで、突然癌になってしまったんだ。母もいろいろあったんだろうけど、家庭を捨てて、好きな男と逃げてしまった。
もちろん父にも、問題がなかったわけじゃない。朗らかで天性の楽天家で仕事好きの父は、母の病気が発覚した後、現実逃避もあったのだろう。前にもまして家には戻らず、ますます職場に入り浸るようになっていた。つまり、首の皮一枚でつながっていた僕の家は、母の発病で、簡単に崩壊してしまったんだ。
一度だけ僕は、母が男と住んでいる隠れ家に行ったことがある。そこは昔から所有していた温泉地にある別荘で、何度か僕も訪れたことのある静かな場所だ。もちろん誰かが教えてくれたわけじゃない。でも病身であるはずの母が、そんなに遠くに行けるはずがない。
きっと、そこにいると僕は確信していた。
「帰ってきてほしい」僕は母にそれだけを伝えたかった。いや、ただ会いたかっただけかもしれない。一人で切符を買い、誰にも言わずに列車に乗った。
秋が深まりゆく頃だったと思う。列車を降りた後、僕は、バスに乗り込んだ。バスは、海沿いのうねうねと曲がりくねった国道を走り、温泉街を抜けた。