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ネタバレ=絶対悪なのか? 劇場版『名探偵コナン』試写会なしの意味を考える

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■ネタバレは犯罪になり得るか?
 2023年5月、ゲーム実況を行う男性が著作権侵害で逮捕される事件があった。この男性は、ストーリー展開が売りのアドベンチャーゲームのあらすじや結末が分かる動画を投稿していたことで逮捕された。直接の容疑は著作権侵害で、相当に悪質だったために逮捕にまで至った特殊なケースだが、たとえば産経新聞の取材にとあるゲーム会社が「内容を公開されてしまうことは営業上の大きな損失となる」とコメントを寄せている通り、場合によってはネタバレは営業妨害ともなり得る可能性がある(※1)。

 また、2021年にはマンガ『ケンガンオメガ』の台詞や行動などを全て文字に起こしたネタバレサイトが複製権、公衆送信権侵害となると判断されたケースもある(※2)。これらのネタバレサイトは、ネタバレ自体が罪に問われたというより、悪質な劣化コピーだったことが問題視された。

 これらネタバレサイトは、ネタバレそのものが罪に問われているというより、内容をほぼそのまま出しているから著作権侵害や公衆送信権侵害に問われている。自分の言葉でネタバレするような形で、ごく一般的な感想をネットに書き込むだけなら罪に問われないだろうが、よっぽど悪質性が高ければ「もし対応するのであれば著作権侵害ではなく業務妨害などが考えられる」と考える弁護士もいるようだ(※3)。

■ネタバレがないと不安な人たち
 こういうネタバレサイトは、どんな人々が利用しているのだろうか。

 映画やドラマを倍速視聴で観る人が増えているという指摘がしばしばメディアに登場するようになった。これは背景に大量のコンテンツが溢れる現代において、作品を楽しむというより、情報として処理する傾向が強まることでタイムパフォーマンスを重視する人の増加した結果だとよく指摘される。

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 こうしたタイパ重視指向の人々の中に、ネタバレを歓迎する人も多い。とある調査では、Z世代の半数近くが、ネタバレサイトを見てから作品を鑑賞すると答えており、その理由は、せっかく鑑賞に時間を費やすなら後悔したくないし、ショッキングなシーンなどで必要以上に感情が揺さぶられないようにしたいという心理があるという。

 「私自身、大好きなバイオハザードのゲーム実況を見るときは、YouTubeのコメント欄で誰かが『3:15 敵来る気をつけて』などの投稿は必ずチェックしています」と、若者攻略に特化したプランニング組織「Zs」代表の牧島夢加氏は書いている(※4)。大好きなコンテンツでもネタバレしてほしいという感覚があるのだ。

 これについて、牧島氏は、Z世代は「未体験より追体験」に価値を感じているのではと結論づけている。悪質とも思えるほどのネタバレ動画やサイトも、こうした人々にとっては、作品選びの助けになっている可能性があるのだ。

■心の健康のためにネタバレが必要なケースも?
 タイパ指向とは別の方向からネタバレを求める人々もいる。

 アメリカには、「Does the Dog Die?」というサイトがある(※5)。これは映画の中で犬が死ぬシーンがあるかをユーザーが確認できるようにしているサイトだ。日本のSNSでも犬が登場する映画に「犬は死にませんから、愛犬家のみなさんも安心して」のような投稿をする人もいるが、それをデータベースにしたサイトである。

 このサイトが興味深いのは、犬が死ぬかどうかに留まらず、あらゆる内容について、細かく項目を設けてネタバレをしている点だ。例えば、「息苦しそうにする人は出てくるか?」とか、「誰かが唾を吐くシーンはあるか?」、「ピエロが出てくるか?」「ゲロを吐くシーンはあるか?」などなど。あるいは、「トランジェンダーの登場人物がシスジェンダーを罠にハメるようなステレオタイプな描写はあるか」のような、ジェンダー表象に関する項目もあるし、さらには「光や映像が点滅しているシーンはあるか」といった細かい演出に関する項目まで用意されている。

 多くの人にとっては問題ない描写も、人によってはトラウマを引き起こしかねないものもある。例えば交通事故で親しい人を亡くされた方なら、映画の中でそれを思い出すようなシーンは観たくないだろう。このサイトはそういう精神の不調を引き起こしたくない人が内容を確認するためのサイトだ。

 トラウマを刺激する可能性のある表現が作中にある場合、あらかじめ周知することをトリガーアラートと言うが、日本映画では『すずめの戸締まり』の地震警報のアラーム音について注意を促したり、『52ヘルツのクジラたち』がフラッシュバックを引き起こす懸念を事前に公式サイトで周知するなどの例がある。

 公式サイトで注意喚起できるものは最低限なものに限られるが、実際には何がトラウマを起こすかは人それぞれである。そういう人のために「Does the Dog Die?」はある。このサイトの創設者はサイトにこう記している。「私は映画をネタバレすることに誇りを持っている。なぜなら、誰もが心の健康を保つチャンスを得るに値するからだ」(※6)。

■ネタバレを絶対悪とは言えない
 ネタバレを必要としている人が世の中にいる以上、ネタバレを絶対悪とするのは良くないと筆者は考える。とはいえ、ネタバレしてほしくない人もたくさんいる。事故のようなネタバレを防ぎながら、情報を出していく方法を模索する必要があるし、個々人もいかに不本意な情報を避けるかを考えるしかない。

 日本のSNSでは、テキストの一部を伏せ字にしてツイートできる「ふせったー」のようなサービスに感想を書くことをマナーにしている人もいるし、公開直後はワードミュートして自衛する人も多い。まあ、ネット上での自衛方法はいくらでもあるのだが、難しいのは映画館のロビーであって、ヘッドホンで耳をふさぐくらいしかないかなと思う。劇場ロビーでのネタバレトークを自重するように注意喚起するケースも増えている。

 重要なのは、自ら選択できる環境があることだ。ネタバレをされたくない人は情報を遮断できて、ネタバレが欲しい人は、情報を確認できるようになる状態が望ましいのだろう。こういう場面でAIサービスは活用できないものだろうか。「この映画で犬は死にますか?」と質問したら、それだけを答えてくれるようなAIがあれば需要がありそうだし、悪質なネタバレサイトも撲滅できそうな気がする。

参考
※1. https://www.sankei.com/article/20230524-QWMUGO3FFVGKNCYMWIJQNIU7HU/
※2. https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/232/090232_hanrei.pdf
※3. https://natalie.mu/comic/column/469776
※4. https://www.businessinsider.jp/post-236701
※5. https://www.doesthedogdie.com/
※6. https://www.doesthedogdie.com/blog/i-spoil-movies-and-im-proud-of-it
(文=杉本穂高)

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