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小松左京の未完の大作『虚無回廊』をプログレに? 異色のバンド・金属恵比須が語る、ロック×文芸の可能性

Real Sound

――「文芸ハード・ロック」という言葉に魅かれた時、もう文芸が好きだったわけですよね。

高木:進学校に入学したのでみんな本を読んでいたから、遅れをとっちゃいけないと思って読み始めました。歴史が好きなので、中学まではフィクションを読む人の気持ちがわからなかった。嘘じゃん、みたいな。ちなみに中学時代には、沢木耕太郎『テロルの決算』、あさま山荘事件の犯人の手記などノンフィクションを読んでいました。でも、人間椅子を知って、太宰治の『人間失格』とか彼らが曲のタイトルにした小説を読むようにしていったんです。インテリぶりたいところがあったし。高2では安部公房『箱男』のぶっ飛んだ内容に挫折したけど、高3で梶井基次郎『桜の樹の下には』、太宰治『晩年』。それらを元に曲を作りました。高3の時に高校生バンドの全国大会に出場したのですが、ビジュアル系ブームでその種のカッコつけた人たちは横文字タイトルが多いんです。それに対抗してインパクトのあるタイトルにしたくて、『病院坂の首縊りの家』(横溝正史)という曲を作りました。

 僕、人間椅子の和嶋慎治さんになりたかったから。自分の名前を「高木大地」と書かずに「和嶋慎治」と書いていたくらいで(笑)。和嶋さんは駒澤大学仏教学部だから、僕も受験の時に仏教系大学をリストにして、坂口安吾が卒業した東洋大学印度哲学科へ進みました。

――金属恵比須の文芸路線の曲名には、「彼岸過迄」、「箱男」、「真珠郎」、「宴の支度」……

高木:歌詞については、小説に出てくる単語をなるべく使用して、作者の世界観を壊さないようにしています。でも、あらすじを追うだけにはしないため、自分なりにストーリーを立て直して歌詞にしています。

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――今の金属恵比須の形になってきたのはいつくらいですか。

高木:2011年に私の結婚祝いで初代と二代目のメンバーでライブをやったら感触がよくて、それからが今に続く流れ。かつて頭脳警察、前述の人間椅子に在籍した後藤マスヒロの2015年加入を経て、現在のメンバー(高木大地=ギター/キーボード/ボーカル、稲益宏美=ボーカル、宮嶋健一=キーボード、栗谷秀貴=ベース、後藤マスヒロ=ドラム)が揃ったのが、2017年。

――金属恵比須は2018年の『武田家滅亡』発表の頃から、活動がにぎやかになった印象があります。プログレ好きでキング・クリムゾンの曲から「スターレス髙嶋」の異名がある俳優・髙嶋政宏や、頭脳警察と共演したり。

高木:様々な方々とコラボレーションすることによって刺激を受けたいと思いました。音楽だけではなく他のジャンルの方々とコラボすると本当に面白いんです。

 『武田家滅亡』のコラボについては、「レコード・コレクターズ」誌の編集長に「伊東潤さんが記事で褒めていました」といわれたのがきっかけです。それまで歴史小説を読んでいなくて存じ上げなかったんですが、「レココレ」から記事を送ってもらって、翌日、伊東先生に「会いませんか」とダイレクトメールを送りました。2016年12月にお会いして、コラボをやりましょうとなった。存命の作家と一緒にやるのは初めてだったし、版元のKADOKAWAさんにも協力していただきました。

――金属恵比須では高木さんが主に詞を書いてきたわけですが、初めて現役小説家が作詞に加わった。タイトル曲などは、声のリズムがいいですよね。

高木:ノートに音符の数だけ丸を描いて歌詞を当てはめてくださいとお願いして、言葉を口にしてもらったんです。ここは音読みだと固いです、訓読みの言葉の方がいいですとかいいながら、カラオケボックスで作りました。伊東先生がアドリブでバーッといっているうちに乗ってきて講談調になったんですよ。ボーカルの稲益もいて「これなら歌いやすいね」とか確認しつつ。

――一方、アルバムにはサウンドトラックとかイメージ・アルバムのようにインストゥルメンタルで表現する部分もある。どういう風に作るんですか。

高木:方法論やテクニックは持っていないんです。まあ、サントラが好きなんでサントラ風になっちゃう。物語の有無にかかわらず、映像が頭に浮かぶようにと心がけています。

――ライブの入場では映画『八つ墓村』の芥川也寸志の音楽を流していますよね。

高木:2012年のライブから使っていて、一昨年に故・芥川也寸志さんの奥様から許可をいただきました。『黒い福音』では解説も書いてくださいましたよ。横溝正史の映画では市川崑監督『犬神家の一族』の大野雄二さんの音楽も好きです。ロックっぽい音と物語のバランスが最高。

――そういえば『犬神家の一族』サントラの「怨念」という曲は、ピンク・フロイド「エコーズ」を意識していると思いませんか。

高木:そうそう。僕はエッセイとか原稿を書く仕事もしていて、大野雄二さんへのインタビューは、それが聞きたくてやったんです。でも、「僕はコンポーザー、指揮者としてメンバーがやりやすいようにやらせたから、彼らがやったことだよ」というようなお答えで……。

■『虚無回廊』は未完なのが面白い

――2019年には『日本沈没』をはじめ『エスパイ』、『さよならジュピター』など小松左京の映像化作品の音楽をオーケストラが演奏する『小松左京音楽祭』が開催され、そのバンドのパートを金属恵比須メンバーが担当しました。CD化もされたそのコンサートが、『虚無回廊』の音楽化につながったわけですか。

高木:そうです。『武田家滅亡』の制作ではNHK大河ドラマの音楽を意識して、歴代テーマ曲を研究しました。当時、大河ドラマを5作手がけた冨田勲先生のコンサートへ行ったら金属恵比須のファンの方がいらっしゃいました。そうしたらその方がコンサートの主催者を紹介してくれたのです。それが後に小松左京音楽祭を手がけるスリーシェルズで、演奏に参加することになりました。オーケストラとの共演は、プログレ・バンドの憧れですから大興奮でしたね。

 その縁で小松左京音楽祭実行委員会のメンバーだった乙部順子さん(小松左京の元マネージャー)、樋口真嗣さん(『日本沈没』二度目の映画化で監督)と知り合いました。そんななか、乙部さんから「『虚無回廊』をロックで聴きたいな」とかいわれて、コンセプトに迷っていた時期だったので、これだ! と思いました。テーマやコンセプトを決めないと曲が作れない性格なのでオファーは嬉しかったですね。

――もともと小松左京にはどんな印象を持っていましたか。

高木:幼稚園の時に『日本沈没』の映画を見てトラウマ。浪人の時にまたトライして再びトラウマ。原作者はどれだけ根暗なのかと思ったんですけど、2019年に世田谷文学館の「小松左京展 D計画」に行ったら、実は剽軽な人だったとわかった。映画や万博のプロデューサー、アイデアマンとして尊敬しています。あと、小松左京と俳優の故・高島忠夫さんはバンドを組んでいたそうですし、小松作品の音楽を演奏する僕が、忠夫さんの息子・スターレス髙嶋さんと今こうして交流していることには因縁を感じます。

――『虚無回廊』は、宇宙に出現した超巨大な円筒形物体に人工知能(AI)ならぬ人工実存(AE)が送りこまれ、知的生命体と遭遇するSF巨編ですが、作者の死で未完のまま。

高木:未完だから起承転結の起承までしかないことにがっかりしたんですけど、がっかりしたからこそ、自分はこの作品に期待を持っていたんだなと感じました。

――スケールの大きな作品ですけど、一般に知られた小松左京の代表作ではない。

高木:『日本沈没』、『首都消失』、『復活の日』とかは映画になっていますから。映画があれば音楽もあるわけで、『日本沈没』なら最初の映画の佐藤勝先生が作った曲を思い浮かべてしまいます。だから、もし『日本沈没』の音楽が聴きたいなといわれても『日本沈没』を作ったかは疑問。『武田家滅亡』もそうでしたけど、架空のサウンドトラックならいくらでも作れるし、映画化されていないものをやる方が面白い。『虚無回廊』というタイトルも圧のあるパワーワードだから面白いだろう、カッコいいだろうと、まずそこが入口になりました。

――アルバムのジャケットデザインは、『さよならジュピター』。

高木:小松左京作品を貪欲に取り込みました(笑)。小松左京総指揮で作られたこの映画の未発表写真を使わせていただきました。

 実は高校の時、自作映画を庵野秀明監督に見せたことがあるんですよ。当時、杉並区のボランティアをやっていて毎日新聞の方と知りあい、「毎日中学生新聞」の連載「庵野監督聞いてよ!」で庵野監督とお会いしてその縁で自作映画を見てもらいました。僕が原作と監督で、クラスの21人を連れて香川県の孤島で撮った横溝の『獄門島』っぽい映画。庵野監督からは「好きなことやってますねえ」とご感想をいただきましたが、それはもしかして「才能がないと言われてるんじゃないか?」と勝手に脳内で言葉を変換し(笑)、僕は映画をやめたんです。

――とはいえ、今では庵野監督の盟友の樋口真嗣監督から『虚無回廊』の帯へ推薦コメントをもらっている(笑)。

高木:不思議な縁です。

――アルバムは、未完の『虚無回廊』を音楽で完結させるというコンセプトですが、物語の結末をどんな風に想像したんですか。

高木:言葉では表現したくないんです。この小説は、読んでいてこんなところで終わるのかと、未完なのが面白い。ならば勝手にエンディングを作ろう。音で表現しよう。どういう風になったか、聴いた人にゆだねる方が面白いと思って、あえてエンディングテーマを作りました。

――その曲は、ノイズのなかで遠くにギターが聴こえる。

高木:SF風の音でやりたかったのでああいう風にして、シンセサイザーによる女の人と男の人の声を左右に入れた。冨田勲先生が『惑星』でやっていた、言葉としてはわからない「パピプペ」と聞こえる声を真似しました。

■SFは、やっぱりアナログシンセ

――『虚無回廊』は1980年代後半から1990年代前半に書かれた小説ですけど、『虚無回廊』組曲のシンセは1970年代風ですよね。

高木:小説中にシンセサイザーの話がいっぱい出てきて、想定されているのはデジタルシンセの未来的なものだろうなと思いつつ、あえてアナログシンセにこだわりました。小松左京や安部公房はアナログシンセが大好きだったというし。

――1970年代のサウンドにこだわるプログレ・バンドらしい選択だと思います。

高木:やっぱりアナログな音なんですよね。イメージでいうとレトロフューチャー。ギターも旧い音を出していますし、キーボードもそれにあうものを選定しています。バンドでは楽器の時代考証を必ずやっていて、1975年以前のものを使うのが原則なんです。それより新しいポリフォニックシンセを使う時は理由が必要で、稟議書が必要(笑)。

――あと、組曲のなかでインパクトが大きいのが、ヘビーメタル調で昭和アイドル歌謡風でもある「魔少女A」。これには、聖飢魔Ⅱのデビュー前のメンバーで初期曲を書いたダミアン浜田のプロジェクト、Damian Hamada’s Creaturesでの経験が反映されているのでは。

高木:かつて聖飢魔Ⅱの担当だったソニーの方が金属恵比須を知っていて、「小松左京音楽祭」をみにきてくれたんですね。劇伴のお仕事をされている方なのでサントラ大好きな方なんです。その関係で金属恵比須のメンバーが改臟人間になってDamian Hamada’s Creaturesに参加したんです(メンバーはみな変名。高木氏は「大地“ラスプーチン”髙木」)。ダミアン浜田陛下の作品をアルバムで3作ほど演奏して、陛下の作曲法がわかってきたので自分でも作曲してみました。そんな冗談のような曲だから、アルバムの最後にちょこっと入れようかくらいに思っていたんですけど、実はこの曲こそアルバムのキーなんじゃないか。メロディがポップということで、歌入りという意味では実質1曲目として収録したんです。

――「魔少女A」は聖飢魔Ⅱへのオマージュでありつつ、中森明菜「少女A」へのオマージュでもあり、『虚無回廊』の人工実存を歌ってもいるという三重の意味を持った曲。

高木:メンバーから「「少女A」に似たところがあるよね」といわれ、Damian Hamada’s Creaturesに「魔皇女降臨」という曲があったし、「魔少女A」に決まりました。最初は『虚無回廊』に使うかわからなかったけど、小説のヒロインがアンジェラでイニシャルがAだからそのAにしようと急遽決まりました。ダミアン浜田陛下にはお褒めいただいてホッとしました。

――ダミアン浜田陛下はそのミュージックビデオについて、ドラマ版『エコエコアザラク』(黒魔術を使う少女が主人公)を彷彿とさせるとおっしゃっていましたね。

高木:プログレッシブ・アイドル、XOXO EXTREME(キス・アンド・ハグ・エクストリーム)の浅水るりさんをキャスティングしたのは、ボーカルの稲益とキーボードの宮嶋のアイデア。XOXO EXTREMEとは以前、コラボでアネクドテン(スウェーデンのプログレ・バンド)をカバーし、僕が彼女たちに曲を書きました(「Hibernation(冬の眠り)」。そしてまたコラボでエイジアをカバーします。

――『虚無回廊』というアルバムは、小説に基づいた組曲以外にも伊福部昭作「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」のカバーがあり、渡辺宙明氏(戦隊シリーズや『マジンガーZ』など特撮やアニメの音楽の大御所)から生前に作曲指導を受けた「星空に消えた少年」もジュブナイルSF風。アルバムは全体的にSF色が強くて1970年代の東宝、東映の映像作品を見ているような思いがしました。

高木:そこらへんは狙った感じです。ちなみに「星空に消えた少年」のビデオの監督は『映画 えんとつ町のプペル』のアニメーション監督、『ベルセルク 黄金時代篇 MEMORIAL EDITION』の監督・佐野雄太ですが、僕と稲益の高校の同級生です。

――渡辺宙明氏が音楽を担当した『人造人間キカイダー』の主演俳優・伴大介氏が渡辺氏の曲を歌い、金属恵比須が演奏したCD『春くれば2022』が10月にリリースされ、そこでは『キカイダー』の曲もリメイクしていました。最近の金属恵比須は、SF特撮路線を邁進している感がありますけど、『虚無回廊』を締めくくる「巡礼」はゴリゴリにプログレな曲。

高木:当初、僕はキング・クリムゾンを意識したこの曲を入れるのに反対したんです。オマージュは「魔少女A」だけでいいと思った。でも、この曲がないとアルバム全体としてボーカルが前面に出すぎてしまうので、ゴリゴリのプログレが1曲あってもいいかと最後に配置しました。結果的に入れてよかったと思います。

 今回のアルバムは、いつになくアナログシンセを使っています。キーボードの宮嶋だけでなく僕もけっこう弾いています。「虚無回廊 オープニングテーマ」は、宮嶋がメロトロン、僕がそれ以外のキーボードを弾いているし、キーボードが主役になる曲をいっぱい入れたいというのがありました。SFは、やっぱりアナログシンセですよ。今回の『虚無回廊』は、ジャケットも音も最高傑作だと自負しています。文庫3冊とCDのセットも数量限定で発売します。「読んでから聴くか、聴いてから読むか」と、小松左京先生の世界を小説と音楽で楽しんでほしいですね。

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