東北麻辣燙(とうほくマーラータン)って、食べたことありますか? その名の通り、中国東北式のマーラータンです。
「えっ?マーラータンは四川の料理でしょ」と思う人も少なくないでしょう。今や“麻辣”は、日本で四川料理の代名詞。すっかりポピュラーな味わいですし、四川発祥であることも間違いありません。
ではなぜ、東北麻辣燙があるのでしょうか。そこには大陸を渡っていったマーラータンの伝播と進化の歴史があります。
※この記事では、基本的に「マーラータン」とカタカナで記します。
麻辣燙とは?[麻辣烫:マーラータン:málàtàng]
花椒の痺れと唐辛子の辛さを効かせた「麻辣」味のスープに、好きな具を選んで入れて食べる中国のファーストフード。「燙(烫:タン:tàng)」は熱々の湯やスープで食材に火を通す調理法のこと。スープを意味する名詞「湯(汤:タン:tāng)」を使った「麻辣湯」という表記も見るが、マーラータンに使う場合は厳密に使い分けていない模様。同一店で混用されていることもある。
西南から東北へ!料理が大陸を移動する、麻辣燙(マーラータン)簡史
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今では中国全土で食べられるようになったマーラータンですが、その誕生の地は四川省南部・楽山市五通橋区牛華鎮。この辺りは岷江(みんこう:ミンジャン:mínjiāng)と呼ばれる長江の支流があり、本流の三峡にかけて、流れの速い川筋が続く場所でした。
そんな岷江といえば水運の要所。そこで川筋でロープを引っ張り、船を進める繊夫(纤夫:チェンフー:qiànfū:「船引き」の意味)の食事がマーラータンの起源になったといわれています。



その食事は、川のほとりで石を積み、甕をのせ、拾い集めた木の枝で火を起こし、川から汲んだ水を入れて、唐辛子や花椒などのスパイスを加え、近隣の野菜などを入れて煮立たせたというもの。
これがお腹いっぱいになれるのはもちろんのこと、川で濡れて冷えた体を温めると同時に、寒さも湿気も吹き飛ばせて一石二鳥。作り方のシンプルさも評判となり、マーラータンは流域の人々へと広まっていきました。
のちに波止場の商人がマーラータンに商機を見出し、具材や温め方を改良しながら、工夫を凝らして売り歩くようになります。するとマーラータンは船引きの食事にとどまらず、地域の名物へと発展。今や四川名物となっているのは世の知る通りです。


こうしてマーラータンは楽山の街、さらに四川を越え、津々浦々へと伝播していきます。しかし、中国大陸は広く、食の嗜好もさまざま。麻辣がビシッときいた味付けが口に合わない地域が出てきたのです。