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『街の灯』『モダン・タイムス』『独裁者』…笑いと涙、映画の美しさが詰まった“チャップリン映画”のすすめ

MOVIE WALKER PRESS

山高帽をかぶりチョビ髭をたくわえて、小洒落た装いをしながらもどこかアンバランスな“The Little Tramp”の風貌を見れば、おそらく世界中の誰もがチャールズ・チャップリンと一目で確信することだろう。映画史上、あわよくば世界で最も有名な男性といっても過言ではないチャップリンが亡くなってから今年で45年が経つという。それにもかかわらずこれだけ確たるイメージを万人に植え付け、もはや映画の黎明期を象徴する存在にまでなっているというのは、映画の力、あるいはチャップリンという人物の偉大さを感じずにいられないことだ。


公式に記録されているチャップリンの監督作品は66本。そのうち2本はわずかな出演時間ではあるが、すべての作品に自ら出演しており、出演だけにとどまった初期の作品は16本。つまりいわゆる“チャップリン映画”と括られるのは合計82本にのぼる。そのうち現在観ることができる作品は81本。映画鑑賞の主流が配信へと移り変わったことでかえって、後期の作品へのアクセスが少々しづらくなってしまったことは否めないが、それでもこれだけ多くの作品を遺し、それらがしっかりと整理され、その大半を観る手段があるというのは極めて稀なことである。

しかしながら、これだけ多くの人に“チャップリン”という映画的アイコンが認知されているにもかかわらず、実際に作品を観たことがあるという人の数は必ずしもその認知度と比例しないように思えてならない。それは若い世代であればあるほど顕著であろう。ポピュラーでシンボリックな存在であればあるほどそうなりがちで、これだけ映画があふれかえっている世の中でいつのまにか取りこぼされてしまうことは珍しいことではない。その辺りはチャップリンという放浪者らしく、イメージだけが一人歩きしていしまっている状態なのだろう。

先ほどチャップリン映画は82本あると言ったが、例えば日本の巨匠である黒澤明監督の作品数が30本なので、作品数だけでみれば実に途方もない。有名な作品としてよく挙げられる『街の灯』(32)や『モダン・タイムス』(36)、『独裁者』(40) を観たところで、全体の5%にも満たないことになる。とはいえ長編と呼べる長さの作品は12本しかないのですべてを追うことは決して難しくはない。それでは、いま改めてチャップリンに入門するならば、どこから観始めるのが良いか。もちろん最初の出演作である『成功争ひ』(1914)や初監督作となった『恋の二十分』(1914)から順を追って観ていくに越したことはないが、サイレント映画に慣れ親しんでいない現代の観客にはいささかハードルが高いことかもしれない。

チャップリン映画を追うための基本的な方向はふたつに分けられるだろう。サイレント映画のスターとしての位置付けが強い初期の作品から見える、純然たる“喜劇王”としてのチャップリン。もしくは対照的に、機械文明への風刺を込めた『モダン・タイムス』やファシズムを徹底的に批判した『独裁者』、戦争の非人道性をシニカルに見せた『殺人狂時代』(47)といったキャリア後期の“作家”として色が極めて強いチャップリンか。

どちらも映画史的に価値のあるものだが、より“映画らしさ”に着目するのであれば、その両者の間の時代、つまりチャップリンが自身のスタジオを設立してから、初めてのサウンド映画となった『街の灯』までの13年間に発表した作品群が格別である。自身の美学を貫くことができるマイスタジオで創作を行い、“The Little Tramp”というキャラクター性を確立させる。社会情勢が混迷しつつあるなかで、庶民が抱く不安について考えるきっかけを与えながら、そこから笑いを生み出していく。

さらに長編作品も手掛けるようになり、『キッド』(21)で笑いだけでない映画的な情緒を追い求め、『巴里の女性』(23)というこれまでのチャップリン映画のイメージを180度覆す無二の傑作を発表する。その後、1920年代の後半のチャップリンはプライベートでも離婚問題で気苦労を抱え、映画監督としては迫り来るトーキーの時代への不安と葛藤のさなかに置かれていたという。多くの可能性に満ちた時期と、苦悩にあふれた時期とは相対するものだが、興味深いことにどちらもクリエイションを一段と輝かせるのである。喜劇王が作家へと切り替わるこの時代は、チャップリンのエンターテイナーとしての真髄が詰まっているといってもいいだろう。

ところで、よくチャップリンと比較されるのは、“三大喜劇王”と称される残りの2人であるバスター・キートンとハロルド・ロイドである。とりわけ映画愛好家の界隈で評判が良いのはキートンであり、チャップリンはポピュラーすぎるとどうにも甘く見られてしまいがちだ。スラップスティックにロマンス、アクションから悲哀や風刺まで、映画のすべてがそこにあるというのに。

それゆえ“チャップリン派”か“キートン派”かという不毛な議論が、よく映画愛好家の間では交わされてきた。ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ドリーマーズ』(03)のなかでも映画フリークな登場人物たちは同様の議論を繰り広げる。そこでキートン派のマイケル・ピットに対してチャップリン派のルイ・ガレルは『街の灯』のラストシーンを引き合いに出してこう告げる。「チャップリンは美しいシーンの撮り方を知っているんだ」。チャップリン映画のなにが魅力的かを説明するとなれば、もはやこの一言で充分だろう。

文/久保田 和馬
 
   

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