確かに知っているはずなのにずっと失われていた大切な記憶が、eillの歌い上げるエモーショナルな旋律によって次々と断片的に蘇っていく。我々が映像と楽曲を通して過去の記憶の中に深くリンクする様子はまるでウラシマトンネルの見せる夢のようでもある。eillの歌声に手を引かれ、『夏トン』をくぐり抜けた先に残る感情を見つめ直した時、この作品が改めて評価される理由がわかった気がした。
エネルギーに満ちた夏が終わり、ほんのり冷たくなる風に淋しさを感じるこの季節にこそ『夏トン』を薦めたい。どことなく、夏に大切な何かを忘れてきてしまったような物足りなさを感じている人にこそ、eillの儚くも心地よい歌声が響くはずだ。(すなくじら)