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『夏へのトンネル、さよならの出口』が描く恋愛のリアル eillの歌声がヒットの鍵に

Real Sound

『夏へのトンネル、さよならの出口』©2022 八目迷・小学館/映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会

■eillだからこそできた「リアルな恋を歌う」こと

 劇場版アニメ『夏へのトンネル、さよならの出口』(以下、『夏トン』)が公開中。本作は、優しさと切なさに満ちたとある男女の夏を繊細な筆致で描いたラブストーリーで、幻想的な映像に新進気鋭のシンガーソングライター・eillの歌声が寄り添う。

参考:『夏へのトンネル、さよならの出口』はなぜ3度も“トレイン・ミーツ・ディア”を描いたのか?

 公開から数週間が経ってもなお、多くのファンの心を掴んで離さない本作だが、その理由の1つに「シビアな現実を精巧に描いたラブロマンス」だからという点が挙げられる。『君の名は。』のヒット以降「夏×男女×タイムスリップ」をテーマにした青春アニメ映画は数を増すばかりだが、『夏トン』は他作品とは一線を画す。その魅力づけに大きく影響しているのは、本編を彩るeillの楽曲の存在だ。

 夏をテーマにした青春アニメ映画といえば、明るくポップな作品のストーリーラインを基盤に、主題歌及び劇伴もキャッチーな音楽性を持つ楽曲を合わせるスタイルが主流となっている。

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 しかし『夏トン』は従来の青春ものとテイストが異なり、恋愛要素はあれど、どちらかといえばシリアスな空気が漂う物語だ。主要キャラである塔野カオル(声・鈴鹿央士)と花城あんず(声・飯豊まりえ)は、それぞれの心に葛藤を抱えており、彼らにとって現実世界は居心地の良いものではない。自己実現や過去への後悔を晴らすために手を組む中で、2人は互いに惹かれあっていく。

 つまり、カオルとあんずにとっての「恋」は暗闇へ差し込むまばゆい光なのだ。ただ甘く楽しいだけの恋が全てではない。互いの存在によって、色褪せた世界がそっと色づくような、傷ついた過去への癒しを伴う恋もあっていい。そもそも「恋」とは何かを突き詰めて考えれば、冒頭でカオルが世界からシャットアウトするかのように耳を傾ける「片っぽ- Acoustic Version」のサビ、〈痛くて甘いのさ〉というフレーズが答えなのではないかと思わされる。

 eillが本作で、曲としての派手さや耳触りの良いキャッチーさだけではトレースすることのできない、リアルな恋の形を見事な表現力で音楽に落とし込んでいる点にも注目したい。eillの歌声には、恋の隙間に潜む仄暗さや痛みをそっと包み込むような、等身大の恋に寄り添う優しさがある。例えるならば、圧倒的なパワーで周囲を照らす太陽よりも深い夜闇の中で煌々と輝く月のようだ。

■記憶の中の風景に共鳴する歌声

 eillの楽曲は『夏トン』の世界観を踏襲しながら、カオルやあんずの心の機微を映し出す役割を十分に担っている。一方で、eillの持つ色はそのまま「キャラクターの歌」には決してならない。彼女の歌声の特性なのか、はたまた、踏切の音をはじめとした街中のサンプル音が織りなすギミックの仕業か。eillの楽曲は、キャラクターの心情の独白のためのツールではなく、不思議と私たちの日常の記憶に自然に溶け込んでくる。

 共同戦線をきっかけに、心の距離を縮めていく2人に寄り添うように情景を彩る「プレロマンス」では、何かが始まる5秒前のような特別な高揚感が聴く側の心の琴線に触れる。そこには「この感覚、知ってる」と本能的に感じる新しい出会いの予感に胸を躍らせた瞬間の煌めきを思い出してしまうほどの、懐かしさがあった。

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