愚地克巳のすべてを見透かした勇次郎の残酷な名言。『範馬刃牙』11巻より(秋田書店)

【画像】初期は特にひどい? 巨凶・範馬勇次郎の「超暴言」を振り返る(7枚)

圧倒的強者だからこそ出せる言葉の重み

『刃牙』シリーズの人気キャラの範馬勇次郎は、「地上最強の生物」の異名に相応しい強さを持っており、ほとんどの敵を「弱者」としてとらえています。そんな勇次郎は、時に言葉でも相手の急所をえぐり、弱者たちに残酷な現実を突き付けました。

 勇次郎は息子・刃牙の母親・朱沢江珠にすら「刃牙との闘いが満足のいくものでなければ キサマなど一山いくらの中年娼婦に過ぎぬということだ」と、とんでもない暴言を放ち、一応は友人であるはずのストライダム大佐のことも、発言を間違えたときには「しゃべれねェようにされてェかッ」と容赦なく脅しています。今回は他にもある、勇次郎の「地上最強の言葉の暴力」を振り返ります。

「教えてやるよ 丹念に積み上げた上達の実感だった百年余りが 取るにも足らぬ錯覚の歴史だったことを!!!」:『 バキ 』第21巻

 上記の暴言が飛び出したのは、第2部『バキ』で刃牙や勇次郎が、100年に一度開かれる中国武術界最強の「海皇」を決める、「大擂台賽(だいらいたいさい)」に参加した時のことでした。この大会の初戦で、勇次郎は烈海王の師匠でもある劉海王と対戦します。

 試合前に、「大会への参加資格を確かめる」という名目で瓦割りを行った勇次郎は、四十枚もの瓦を難なく砕いた後、「こんなことでなにがワカる」「決して反撃せぬ物体を相手に」と、劉に尋ねます。そして、劉の答えは、「拳技とは弱者の為にこそ存在するもの」という前提のもと、「上達の実感を得るためならあながち無意味とも思えぬ」というものでした。それに対し、勇次郎は……

「教えてやるよ 丹念に積み上げた上達の実感だった百年余りが 取るにも足らぬ錯覚の歴史だったことを!!!」

 と、100歳を超える拳法の達人・劉の人生までも、真っ向から否定します。そして、始まった試合も、勇次郎の言葉通り一方的なもので、劉は開始直後に勇次郎の手刀で、顔の皮を剥ぎ取られてしまうのでした。その後、深手を負いながらも、劉は烈海王の乱入の隙をつき、不意打ちで蹴りを繰り出します。しかし、それも服を切り裂いただけで傷ひとつつけられず、勇次郎の反撃で勝負は決着しました。

 瞬殺された劉ですが、烈の師匠でもあり、実力者なのは疑いようがありません。しかし、勇次郎の強さを見抜けなかった点に関しては、「丹念に積み上げた上達の実感」が邪魔をした可能性もあります。

「だから相手にもされんのだ 俺にも刃牙にも父親にも」:『範馬刃牙』第11巻

 第3部『範馬刃牙』では、T-レックスを捕食していた「史」上最強の原人・ピクルが、1億9000万年の眠りから目覚めた「野人戦争(ピクル・ウォーズ)編」が始まります。ピクルの強さに惚れ込んだ日本の戦士たちは、彼が保護されている米軍厚木基地に忍び込みました。

 他のメンツがこっそり侵入するなか、正面から基地に乗り込み、ピクルの元にやって来た勇次郎は、集まった面々を見て「烏合の衆」と鼻で笑います。この態度に、「烏合の衆ってだれのことだい」と反応したのは、若き空手家・愚地克巳でした。そんな克巳を一瞥した勇次郎は、彼の甘さを見抜いた一言を発します。

「だから相手にもされんのだ 俺にも刃牙にも父親にも」

 武神・愚地独歩を父に持ち、「空手を終わらせた男」とまで言われる天才・愚地克巳。しかし、その実態は、天才ゆえに勝ち負けへの執念が薄い「ボンボン」でした。「烏合の衆ってだれのことだい」という言葉も、負けると分かっていながら、尊敬する父の手前、ついうっかり張ってしまった虚勢です。そして、いざとなれば、「この場に集まった人間の加勢も期待できる」という、甘えも含んでいました。

 脈絡がないように聞こえた勇次郎の言葉は、克巳の甘い考えを見抜いたうえで発したものだったのです。勇次郎の言葉で心理的に追い詰められた克巳は、勇次郎に襲い掛かりますが、蹴り足の靴ひもを抜かれ、「隅っこで綾取りでもしてな」と放置されて、言葉通り「相手にされない」という現実を突き付けられます。

 その後、克巳は勇次郎の言葉をきっかけに自分を見つめ直し、心身ともに大きく成長して、ピクルと名勝負を繰り広げました。そして、この一皮むけた息子・克巳の姿を見た独歩が、きっかけを与えてくれた勇次郎に感謝の言葉を述べるという、勇次郎がらみでは珍しい、少し心和むエピソードも描かれています。



オリバの努力の結晶を冷静に分析して傷つける勇次郎。『範馬刃牙』22巻より(秋田書店)

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「アメリカ最強」の強みを「不純」と切って捨てた勇次郎

「過剰に登載した筋肉 図書館並みの蔵書 所有する量はそのまま 不安の裏返しにも見て取れる」:『範馬刃牙』第22巻

 囚人でありながら、「ミスター・アンチェイン(繋がれざる者)」の異名を持つアメリカ最強の男、ビスケット・オリバ。「野人戦争(ピクル・ウォーズ)編」が終わった後、刃牙との地上最強の「親子喧嘩」を控えている勇次郎は、オリバが収容されているアリゾナ州立刑務所を訪れます。そして、勇次郎は、対峙したオリバに、彼の本質を突いた発言をするのです。

「過剰に登載した筋肉 図書館並みの蔵書 所有する量はそのまま 不安の裏返しにも見て取れる」

 圧倒的なまでの筋肉量に加え、知識の習得にも貪欲なオリバは、壁一面を埋め尽くすほどの本を所有していました。筋肉も蔵書も、オリバの並々ならぬ努力を裏付けるものですが、勇次郎はそれを「不純」と切り捨てます。

 刃牙とピクルの戦いは、刃牙がノックアウトされ、決着しました。しかし、「生来の強者」であるピクルに格闘「技」を使わせるまで追い込んだのだから「刃牙の勝利」と考える、花山薫のような者もいたのです。この結果を受けて、勇次郎は「感動、努力、勤勉」を、「勝負という単純(シンプル)な結晶を複雑にする」、「不純物」だと断言します。そして、勇次郎とオリバは、「決着の際の頭の位置をより高きに置くものが勝者」というシンプルなルールで、両手をつかみ合う手四つの力比べを始めました。

 シンプルな「力」では並ぶものがないと思われていたオリバに、顔色ひとつ変えずに勝利した勇次郎。オリバは、敗れた際に「や……やっぱりね……」と負けを予感していたかのような呟きを残しており、勇次郎の「不安の裏返し」という指摘が当たっていたことを裏付けています。

 今回紹介した勇次郎の「言葉の暴力」は、ごく一部です。彼は「相手の弱点が透けて見える」という能力まで有しており、精神的に傷つける術にも長けているのでしょう。連載が進み、だんだんと「優しい」と言われる場面も増えてきた勇次郎ですが、やはり誰かを「攻(口)撃」しているときが一番輝いて見えます。