まるで昭和の京王帝都!? 伊予鉄「郊外電車」に乗る オリジナル新車導入で雰囲気一変?

四国でも最も歴史ある路線

 ようやくガラガラになった電車は、終着の横河原駅に到着します。駅前からは各地にバスが出ており、新居浜特急線を使えばJR伊予西条駅や新居浜駅までのショートカットも可能です。

 折り返すべくしばらく電車を待つと、3000系が入線してきました。700系同様こちらも元・京王帝都電鉄井の頭線の電車で、2009(平成21)年に伊予鉄が導入したものです。前照灯や車内照明がLED化され、車内の側扉上には液晶モニターがありますが、京王時代の雰囲気をよく残しています。

 横河原駅を出た電車は、見奈良駅で700系とすれ違います。伊予鉄カラーに塗り替えられてはいますが、軌間幅が異なり決して共演することがなかった京王線と京王井の頭線の電車が、同じ路線で共演しているのは不思議な気分となります。

 そのまま松山市駅に戻って高浜線に入ります。四国でも一部しかない複線電化路線であり、立派な高架線を走ります。

 伊予鉄の歴史は国鉄線よりもはるかに古く、高浜線の三津~松山市間は、1888(明治21)年に開業した“四国初”の鉄道です。当時の線路幅は762mmで、日本最初の軽便鉄道でもありました。その時の様子は、夏目漱石の有名な小説『坊っちゃん』でも描かれています。

 その後1892(明治25)年に三津~高浜間が開業して全通、1931(昭和6)年に電化と複線化が行われて今日に至ります。なお、高浜線の架線電圧は600V、横河原線は750Vで異なりますが、これは高浜線が路面電車と電圧を共有しているからのようです。

 電車は松山観光港への連絡バスが発着する、高浜駅に到着。駅舎には昭和感ある売店がありました。連絡バスへの乗換は容易で、5~6人が乗り換えていました。

 ここで線路は途切れていますが、松山観光港への乗り入れ計画はあり、観光港側も駅の設置を考慮した構造になっているとのこと。延伸が待ち望まれます。

※誤字を修正しました(1月6日17時20分)。