江戸時代創建の「臨春閣」とは? みどころは? 5年ぶりにお披露目!

三溪園は、実業家で茶人の原三溪によって造られた日本庭園。国の重要文化財建造物10棟、横浜市指定有形文化財建造物3棟を含め、17棟の古建築が点在しています。そんな三溪園の内苑の中心に建つのが大正6年(1917)に移築された、数寄屋の意匠を取り入れた書院造りの「臨春閣」です。

江戸時代の初期に紀州徳川家の別荘として建てられたこの古建築は、移築にあたり屋根の素材・形と3棟からなる建物の配置が変更されましたが、内部はもとの状態のまま残されました。それぞれの部屋からは三溪園のすばらしい景色を眺めることができ、どこか時間が止まったような気すらする、心安らぐ空間です。

今回の大修理では、檜皮葺屋根(ひわだぶきやね)と柿葺屋根(こけらぶきやね)の葺替(ふきかえ)をメインに、そのほか建物の耐震診断・補強工事を実施しました。文化財建造物の保存修理は、ただ新しく造り替えるというわけにはいかず、もとある歴史的価値を変えずに後世に遺していくことが求められます。そのため、今回の修理完了前と後では一見すると大きな変化は見られませんが、一流の職人さんたちによって「遺すべきもの」を尊重した設計施工が行われたといいます。

「臨春閣」の入口には、今回の耐震補強工事のために玄関棟内部の堀削をした際、発見された戦前の床面遺構が展示されています。昭和 30 年代の修理では⽞関棟は新築されたという記録しか残っていなかったため、戦前の物はすべて失われていたと思われていました。しかし、今回の工事で図らずも残されていたことが分かり世紀の大発見となりました。また、今回の調査で、床面に使用されているのは東京駅の屋根にも使われている「スレート」という素材だということも判明したそうです。

数寄屋造りの建物内部は、随所に遊び心のあるデザインが特徴的。天井や襖など細部にいたるまで匠の技が発揮されているのがよくわかります。

和歌が描かれた色紙をはめ込んだ欄間(らんま)

室内をはじめ、建物内部には各所に障壁画や美術工芸品が飾られているのもみどころ。狩野派をはじめとした絵師による障壁画、時代衣装をまとった擬人化された十二支が描かれた板絵なども見逃せません。

内部からいかに庭園を美しく眺めることができるか、ほかの園内の建物がどのように見えるかを計算して建てられているのもポイント。これは移築の際、建物本来の美しさを生かしながら、試行錯誤を重ね巧みに配置した原三溪による日本庭園造りの集大成といえるでしょう。

この規模の建物で、庭園と古建築の計算された空間の調和が楽しめるのは三溪園ならでは。「臨春閣」の内部から三溪園を見渡せるのはこの特別公開期間のみです。ぜひ訪れてその空間の白眉を堪能してくださいね。

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園内に重要文化財が点在する三溪園の魅力

三溪園の入園料金は大人700円(高校生以上)、小・中学生200円。基本的に予約は不要で入園可能ですが、公式サイトからのオンラインチケットの購入もできます(「臨春閣」特別公開の見学料は無料)。

三溪園は、広さ約17万5000㎡を誇り、明治39(1906)年に一般公開された外苑と、原三溪が私庭としていた内苑の2つで構成されています。四季折々の美しい植物たちと調和する園内に点在する17棟の古建築がみどころです。2007年には国の名勝に指定されました。

園内の中心部に立つこちらの塔は、重要文化財の「旧燈明寺三重塔」。室町時代の康正3年(1457)に建築された、園内で最も古い建物です。現在の京都・木津川市の燈明寺から移築されたもので、三溪園のシンボル的な存在。

「臨春閣」のさらに奥にたたずむのは同じく重要文化財の「聴秋閣」。元和9年(1623)に京都の二条城に建てられ、大正11年(1922)に三溪園に移築されました。3つの屋根を組み合わせた外観から、移築前は「三笠閣」という名称だったそうですが、移築後に「聴秋閣」と改称。周辺には秋に紅葉を楽しめるような植物を配置されているのが特徴で、人気の紅葉スポットになっています。

園内には4カ所の食事処があり、抹茶にぴったりな甘味や軽食を提供しています。園内散策の途中に休憩がてら立ち寄ってみてはいかがでしょうか。※抹茶処 望塔亭は2022年9月現在休止中