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新鋭・都楳勝監督が放つ鮮烈な一編 『夢の中』が浮かび上がらせる、愛しくもほろ苦い感情

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『夢の中』©「夢の中」製作委員会

 夢と現実の境目を見失っている女。何かから逃げている男。そんな男女の出会いから始まる映画『夢の中』は、一筋縄ではいかないドラマである。上映時間65分とは思えない濃密さと緊張感をはらんだ、稀有な作品だ。

参考:山﨑果倫×櫻井圭佑が“唯一無二”の都楳勝監督作『夢の中』で得た経験 「俳優冥利に尽きる」

 櫻井圭佑扮する男シュウの過去は、たびたび繰り返される回想シーンを通して、その悔恨と劣等感が明らかにされていく。しかし、彼をかくまう女タエコの心はどこにあるのかわからない。夢と現実を分かとうという意識に乏しく、どちらの世界にも等しく曖昧に身を置いて暮らしている。

 タエコを演じる山﨑果倫は己の「身に覚えのある浮遊感」をフル活用して役に取り組んだと語ったが、その甲斐はあった。安易に心のうちに入り込むことなどできないヒロインの危うい孤高性を、説得力十分に演じている(それは心身ともに負担のかかる役作りだったはずだ)。

 シュウはまるで彼女のイマジネーションに引きずり込まれるように、美しい山河や湖へと導かれていく。その穏やかな時間と情景は、同時に不穏でもある。彼らが喋っている場所、空間、シチュエーションは、我々観客が見ている光景と合致しているとは限らないのだ。そもそも現実ですらないのかもしれない。つまり、観客は二重三重に別の様相を持つかもしれない場面を「読む」ことを求められ、シュウやタエコと同様に、“アイズ・ワイド・シャット状態”で夢の水底深くに身を沈めることになる。

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 このハイブロウな試みを、商業映画デビュー作として結実させた1994年生まれの新鋭・都楳勝監督の度胸はなかなか大したものだ。SNSや動画サイトでは分かりやすさや明瞭さばかりが求められる昨今、珍しい作家性の打ち出し方と言えよう。ムード溢れる美術や、多彩なロケーションも印象に残る夢幻的な映像は、本作の大きな見どころのひとつである。

 なお、この作品はレプロエンタテインメント主催のコンペティション企画「感動シネマアワード」で最高賞を獲得し、めでたく映像化が実現した作品だそうだが、随分と思いきった企画にGOサインを出したものだと感心する。

 とはいえ、観客を置いてけぼりにする独りよがりな内容ではまったくない。シュウが元恋人のアヤ(山谷花純)、先輩カメラマンの藤澤(玉置玲央)に対して向ける複雑な執着、それによって引き起こされる取り返しのつかない悔恨の念は、誰にでも思い当たるフシのある普遍的なマイナス感情だ。それが引き金となって、思いもよらない精神状態へとたどり着くことも、人間にはままあることである。

 だから、シュウとタエコのあてどない旅路も、彼らが行き着く先も、実は多くの人にとって「見たことのない光景」ではないのかもしれない。暗い水底からの「浮上」を経験した者すべてに、なつかしくも痛ましい、あるいは愛しくもほろ苦い感情を呼び起こさせる、鮮烈な一編である。

(文=岡本敦史)

 
   

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