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【レジェンドの素顔16】グラフの目標が“ナブラチロワを破ってナンバーワンになる”だった理由とは?│前編<SMASH>

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【レジェンドの素顔16】グラフの目標が“ナブラチロワを破ってナンバーワンになる”だった理由とは?│前編<SMASH>(C)THE DIGEST
 大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。前回に引き続き、ステフィ・グラフを取り上げよう。

 1987年の全仏オープン女子決勝は、最後まで予断を許さぬ壮絶な一戦となった。あるテニス評論家は「ここ20年の全仏オープンでは最高の決勝戦」と評した。女子テニス界に君臨するナブラチロワを相手に、自分の持てる力をすべて出し切ったグラフ。グランドスラム大会初優勝はどのようになされたのか。

◆  ◆  ◆

 グラフは小さい頃、グランドスラム大会などでエバートとナブラチロワが登場する時は、尊敬に似た思いを込めてテレビを見つめていた。

 しかし、プロになろうと決意した日から、微妙な変化が起こってきた。エバートの試合は単なる観客として見られるのだが、ナブラチロワの試合は、まるで自分が対戦相手になったようについ興奮してしまうのである。

<もっとナブラチロワのバックハンドを攻めなくては――><ここはロブよ!>

 ナブラチロワと壮絶なシミュレーション・マッチを行なっているかのように、グラフはあれこれと作戦を練っていた。しかし、どんなに頭を巡らせても勝てそうになかった。いつしか、ナブラチロワの凄味が身に沁みるようになった。

 プロを意識してから、本能的に自分の将来に立ちはだかる難敵を見通したのである。この時からグラフの目標は、“プロでナンバーワンになること”から“ナブラチロワを破ってナンバーワンになること”に変化し始めた。
 好材料はグラフの側に揃いすぎていた

 その夢に手が届いた。舞台は1987年全仏オープンの決勝。ナプラチロワとグラフは、ゆっくりとウォーミンクアップに入った。

 6連続優勝、得意のサーフェス。おまけにナブラチロワはこの年まだー度も優勝していないほど不振。好材料はグラフの側に揃いすぎていた。それでも、グラフの心は負ける予感でいっぱいだった。

「だって相手はナブラチロワだもん。私がずっと、ずっと目標にしてきた人なのよ」

 相手の状態がどうであれ、決して軽く考えてはいけないとグラフは自分を戒めた。事実、大方の予想もナブラチロワ有利に傾いていた。大一番では実績と経験がモノを言うというわけである。グラフは、とにかく委縮しないで思い切ったプレーを心掛けよう、と身を引き締めた。

 いよいよ決勝戦が始まった。第1セットは目まぐるしい展開になった。プレーを重ねる度に、グラフはナブラチロワの力強さを強く感じた。気合十分といった印象だ。

「気持ちでは絶対に負けられない」

 グラフはとにかく打ち合いに持ち込もうと考えた。得意のフォアハンドでナブラチロワのバックハンドをしつこく攻めた。その粘りが効を奏して、第1セットはグラフが6-4と取った。

 ところが、さすがにナブラチロワは一味も二味も違う。“ここぞ!”という局面になって、サービスとボレーが冴え始めたのだ。第2セットはナブラチロワが6-4と取り返し、その勢いは第3セットまで続いた。あっという間にナブラチロワが5-3とリードしたのだ。
 この時、グラフの心は複雑だった

 試合は正念場を迎えていた。最後にきてナブラチロワが大きく優位に立った。しかし、この日のナブラチロワはどこか違う。妙にやつれているのだ。

 むしろ、リードされているグラフの方が毅然としていた。動じる素振りすら見せない。おそらく、心中は不安が過巻いていたに違いない。それを外見にはおくびにも出さないところに彼女の精神面の強さがうかがい知れた。一体どちらがリードしているのかわからないほどだった。

 第9ゲームはナブラチロワにとって最悪となった。平凡なバックハンドリターンやアプローチショットをネットにかけた上、見事なバックハンドパスをクロスに決められて、なんとラブゲームで落とした。続く第10ゲームでも、ナブラチロワの動揺は続く。

 15-15で迎えた第3ポイントだった。ファーストサービスをフォールトしたナブラチロワはセカンドサービスに入ろうとした時、観客席から大きな叫び声が起こった。静まりかえっていた場内にその声はかなり響いた。トスアップに入ろうとしていたナブラチロワは、この心ない大声に集中力を乱されて、トスアップを中断せざるを得なくなった。
  気を取り直して、再びサービスの動作に入るナブラチロワ。しかし、無情にもボールはサービスラインを越えて行った。これで、ポイントはナブラチロワの15-30。十分挽回可能だ。しかし、彼女の精神状態は端で見ている以上に混乱していたらしい。続くポイントで、またもや痛恨のダブルフォールトを犯してしまうのである。

 この時、グラフの心は複雑だった。もちろん、相手が凡ミスを連発してくれて飛び上がりたいほどうれしかった。しかし、それと共に、同じテニスプレーヤーとしてナブラチロワに同情的な気持ちになっていた。相手のことを気の毒だと思う分だけ、素直に喜べなかったのだ。

 結果的に、勝利に向かっていたナブラチロワの歯車は、ここで大きく狂った。彼女は30-40からフォアボレーをミスして、この大事なゲームを落とした。第3セット、3-5とリードされていたグラフは、ここで一気に5オールとイーブンに持ち込み、気分的には優位に立つことになったのである。

~~後編へ続く~~

文●立原修造
※スマッシュ1987年11月号から抜粋・再編集
(この原稿が書かれた当時と現在では社会情勢等が異なる部分もあります)

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