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宇多田ヒカル×小川哲対談の注目ポイントは? 文学・音楽への理解を深める“言葉”への哲学的な問いかけ

Real Sound

『SFマガジン』2024年6月号 2024年4月25日(木)発売 定価:1320円(税込) A5判並製 376頁

■文学・音楽に興味がある人には必読の対談に

 宇多田ヒカルと作家・小川哲の対談が、4月25日発売の雑誌「SFマガジン」2024年6月号に掲載された。

(参考:『花束を君に』『SAKURAドロップス』『Automatic』ファン700人が選んだ! 宇多田ヒカル “最強人気曲トップ10″は?

  この対談は4月10日にリリースされた宇多田のベストアルバム『SCIENCE FICTION』のタイトルにちなんで実現したもの。両者の作品に影響を与えた小説や、中上健次、川端康成、ヘルマン・ヘッセらの文学作品についての読書談義と考察、二人の創作に迫る貴重なエピソードなどが明かされている。宇多田、小川のファンはもちろん、文学、音楽に興味があるすべての人にとって必読の対談だと思う。

  特に印象的だったのは、宇多田のコメントの端々から感じられる“言葉とは何か?”という哲学的とも言える問いだ。その中心にあるのは「音楽って言葉で表現できないことを表現するためのツールじゃないですか」という認識だ。

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  こういったコメントは以前もあり、2022年2月に配信されたインスタライブ番組『ヒカルパイセンに聞け!』でも「言葉では表現できないものを表現する道具」としたうえで、その言語観がジャック・デリダの脱構築に通じているという趣旨の話をしていた。ジャック・デリダ(1930-2004)はユダヤ系フランス人の哲学者のジャック・デリダ(1930−2004)は「ポスト構造主義」の代表的な存在だ。

 「SFマガジン」の対談のなかで宇多田は、「伝えたいことを載せて他者へ届けるための、箱舟みたいなものが、言葉」「箱舟を動かすためには水が必要で、それが音楽ですね」と語っている。この文脈だと“初めに伝えたいことがある”と読めるが、その直後に彼女は「音楽的な制約があって初めて言いたいことが出てくる」と説明。「完全に自由な状態だと何を言いたいかわからなくなってしまう」とも。

  ここにも宇多田ヒカルの、創作における意識の流れの一端が見て取れる。大切なのは“伝えたいこと”そのもので、言葉ではない。しかし当然ながら、我々は言葉を使わないと思考を認識することはできないし、もちろん他者に伝えることもできない。“伝えたいこと”と“言葉”をつなげるのが音楽という制約であり、それが媒介になっているのだと。確かにここには、構造主義(簡単にいうと「人間の行動・行為は「人間の行動は、各人の自由意志ではなく、社会や文化を形成するする構造によって決められている」という考え方)というよりポスト構造主義(脱構築)的なアプローチに近いのかもしれない。

■宇多田ヒカルの新曲「何色でもない花」のメタファー

  そんな抽象的なことを言われても……という方はぜひ、ベストアルバム「SCIENCE FICTION」に収められた新曲「何色でもない花」を聴いてみてほしい。6/8拍子と4/4拍子を行き来するリズムアレンジを取り入れたこの曲は、バロック音楽、R&B、トラップを融合させた(としか言いようがない)トラックのなかで彼女は、〈自分を信じられなきゃ/何も信じられない〉と歌っている。「何色でもない花」とはおそらく、形のない思い、伝えたいことのメタファーだろう。

  創作の核である“伝えたいこと”は言葉やメロディを与えない限り、誰にも受け渡すことはできない。その不確かさを信じる力こそが必要なのだが、常に信じ切ることは難しいーーそんな感情の揺れを描いたのが「何色でもない花」であり、この曲の在り方は「SFマガジン」誌上の宇多田のコメントにもつながっていると思う。

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