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その才能に驚倒ーー坂崎かおる、待望の短篇集『嘘つき姫』から広がる新たな物語世界への確信

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 待っていた。本当に待っていた。坂崎かおるの第一著書となる短篇集『嘘つき姫』が、ついに刊行されたのだ。さまざまな媒体で発表された作品を読み、その才能に驚倒していたので、まさに待望の一冊といっていい。さっそく本を開いたら、冒頭の「ニューヨークの魔女」の内容が凄かった。 

参考:杉江松恋の新鋭作家ハンティング 小説が待ち焦がれた才能、坂崎かおる『嘘つき姫』

 物語は1890年に、ニューヨークでジェーンという魔女が発見されたところから始まる。エジソンとウェスティングハウスの二大会社による「電流戦争」は、新しい処刑方法として電気椅子を生み出した。しかし電気椅子が人道的な処刑なのかどうかという疑問が世間を賑わせ、ウェスティングハウス社は、これ以上の悪評をなんとかしようと、確実な処刑の知見を蓄えたかった。そのための実験の最適な人間として、殺しても死なない魔女が選ばれたのである。

 実験の実施者は、女性電気デザイナーのアリエル。物語の語り手は、その助手となった甥の〝僕〟だ。実験は成功し、ジェーンは電気椅子で死ななかった。さらにアリエルたちは、サーカスの見世物を隠れ蓑に、実験を続けるのだが……。

 作者はアメリカの有名な魔女狩りである〝セイラム魔女裁判〟に触れながら、それより約一世紀後を舞台にして、魔女と電気椅子を組み合わせた、とっぴょうしもないストーリーを創り出した。アリエルは僕に、「何かになりたいとき、見た目と中身、どっちを似せるのが簡単だと思う」と聞き、見た目だろうという答えに、「難しいのは見た目なのよ。中身は見えないんだから、いくらでも隠し通すことができる」という。密かにジェーンを恋する僕だが、彼女が親しくするのはアリエルだけ。そしてラストで僕が、自分のいたかった世界から疎外されたとき、アリエルの言葉が強く響くのだ。これは坂崎作品の特色だが、物語に余白が少なからずあり、読者は想像で補うしかない。しかし想像が当たっているかどうかは分からない。まさに〝中身は見えないんだから、いくらでも隠し通すことができる〟のである。

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 続く「ファーサイド」は、1962年のアメリカの村が舞台。キューバ危機に怯えながら、村人たちはいつもの生活をしている。ただ、ひとつだけ奇妙なことがある。人間かどうか分からない〝D〟という存在を、安価な労働力として雇っているのだ。主人公の少年の〝ぼく〟は、妙に教養のあるDと知り合う。やがてDはぼくの家で雇われるのだが、ある事件が起こるのだった。

 「ニューヨークの魔女」も寓話的なところがあったが、本作ではそれがさらに強まっている。Dとはいったい何なのか。キューバ危機を物語の背景にした意味は、どこにあるのか。作者はそれを語ることなく、クライマックスでぼくの見ていた世界を変容させる。そして彼も、自分のいた場所から疎外されるのだ。坂崎作品は読み終わった後、いろいろ複雑な気持ちを抱いてしまう。そうした戸惑いが、物語への興味を深めるのである。

 一方、「私のつまと、私のはは」「あーちゃんはかあいそうでかあいい」「電信柱より」「嘘つき娘」などで、女性同士の恋愛や関係性が扱われている点も見逃せない(「ニューヨークの魔女」も入れていいかもしれない)。この中では、ARを使った赤ん坊ロボットの存在により、女性カップルの認識の齟齬が露わになる「わたしのつまと、私のはは」と、戦時下のフランスと戦後の某所を舞台に、互いに嘘を抱えながら姉妹のように暮らした二人の女性の人生を捉えた「嘘つき姫」が、特にいい。「私のつまと、私のはは」のラストの意外性は衝撃的。「嘘つき姫」は長篇になるだけの内容を凝縮し、見事な短篇に仕立てている。

 また、「あーちゃんはかあいそうでかあいい」の〝歯〟や、「日出子の爪」の〝爪〟などに、フェティッシュな要素があることも留意すべきである。これも作者の持ち味なのだろう。詳しく触れられなかったが、「リトル・アーカイブス」「リモート」も、インパクトのある話だ。収録された九篇を知れば、本書の先に広がるであろう新たな物語世界が、素晴らしいものになることが確信できる。だからこれからも坂崎作品を、追いかけていきたいのだ。

 
   

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