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急逝!曙太郎「金とオンナ」突っぱり54年(2)夫人とのデキ婚で後援会が解散

アサ芸プラス

 98年2月、自身の追っかけと報道されたクリスティーン夫人との「デキちゃった婚」を発表。これには当時を知る角界関係者さえ驚きを隠せない様子だ。

「相原と別れた後、曙は後援会の娘で東京在住のOLと、金星(美人)と評判だった九州の料亭の一人娘に夢中でした。3億円ともいわれる親方株の資金を調達してくれるスポンサーを探していたので、料亭の一人娘は願ったりかなったりの相手だったはず」

 このデキ婚に、後援会会長は怒り心頭。

「相原勇と別れられたのは一体誰のおかげなんだ! 曙には5人の愛人がいて抜き差しならない関係だった。それを清算してあげたのに挨拶もない!」

 挙げ句の果てに、後援会まで解散、まさに前代未聞の珍事となった。

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 97年夏場所以降、両膝の古傷の悪化から優勝から遠ざかっていた曙だが、00年に突如復活、名古屋場所と九州場所で2度の優勝を果たす。しかし同時期、「大相撲の八百長」を告発した元小結・板井圭介氏は〝注射力士〟として横綱・曙を実名で名指しした。

 ベテラン相撲記者が振り返る。

「曙は師匠東関親方の娘との〝政略結婚〟も断っていたため、年寄株の入手はならなかった。そのため、親方になるためには優勝10回を重ねて、大横綱となるしかなかったのです」

 01年1月、曙はついに引退を表明。相撲協会から功労金1億円が贈られたものの、親方株購入への資金難は解消せず。

「実は親孝行で現役時代、勝ち越した給金は丸ごとハワイの両親に送金していた」(相撲記者)

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