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岸田首相の言葉はなぜ響かないのか?“昭和の名宰相”の演説・スピーチと比較する

日刊SPA!

 半世紀を超える永田町取材に関わっている政治評論家の小林吉弥氏。この間、佐藤栄作から岸田文雄まで26人の総理大臣を取材してきている小林氏が“別格”と評すのが田中角栄だ。決断力、先見力、構想力、勝負勘はもとより、“角栄節”と言われた演説・スピーチで大衆の心を掴んできたのは周知のことだ。裏金問題では玉虫色の答弁を繰り返し、内閣支持率は変わらずの低空飛行を続ける、岸田首相と何が違うのか。小林氏が4月12日に上梓した新刊『甦れ 田中角栄 人が動く、人を動かす 誰でも分かる「リーダー学」入門』より、一部を抜粋する。
◆岸田首相の演説には印象が残らない

 岸田文雄首相の演説、スピーチを聞いていると、穏やかなしゃべり方には好感が持てるが、惜しむらくは感情の高まりがなく、聞き終わったあと印象に残らず物足りなさがある。演説という言葉は「演じて説く」という意味だが、岸田首相は根が正直なのか話に色付けする技術が欠けており、これが玉にきずである。

 それにしても、永田町取材歴50年以上の筆者は、最近の政治家の演説があまりに説得力、迫力不足であるのに、半ば失望している。例えば、昭和40~50年代に活躍した民社党の春日一幸委員長などは、一癖あった政治家として印象深いが、なんと与党追及の際には衆院本会議場でじつに4時間に及び、原稿なしでしゃべりまくってみせる力量の持ち主でもあった。

 もっとも、涙あり笑いあり、音吐朗々の「春日節」を初めは多くの議員が楽しんでいたが、2時間ほどすると大半の議員は議席で寝ていたのだった。いくら演説が得意でも4時間は長すぎる。ものには限度があることは言うまでもない。

 そこへいくと田中角栄における演説、スピーチの類いは、「角栄節」として国民に圧倒的な支持を受けていた。笑いが随所にあり、数字と歴史の裏付け、迫力満点の脅し口調、難しい話でも分かりやすい例え話、絶妙の間の取り方など、説得力抜群、聴衆は誰もが満足して聞き入っていたものである。

◆人物を大きく見せる「スピーチ上手」

「まぁねぇ、皆さんッ、どうですか。学校の先生がデモで道をジグザグに歩いておってね、子供だけに真っすぐに歩きなさいよなんて、これ聞くもんじゃないねぇ。校長の言うことは聞かない、校長が首をくくるところまで追い込む。それでいて労働者でござあーいとくる。そんな馬鹿が許されますかッ(拍手)。教育は、民族悠久の生命なのであります!

 そのうえ、東京では小中学校を週休2日制にしてはどうかとやっている。私は反対だ。これをやめて、むしろ夏か冬にまとめて休ませたほうがいいんです。都会の狭い鳥カゴみたいな家に、大きなお父さんが土曜も日曜もゴロゴロしていたら、おっかさんはたまったもんじゃないねぇ(大爆笑)。子供にまで土曜、日曜とまとわりつかれたら、おっかさんはもはや生きていられなくなっちゃう(笑)。私は断固、反対だ。

 子供は毎日、毎日、教え込まないとダメなんです。サーカスの動物だって1日ムチをやらないと、一から出直しどころか、訓練そのものがパーになっちまうですよ。子供も同じ。1週間に2日もブラブラしていたら、もとに戻ってしまう。教育とは、そういうもんじゃないですか、皆さん!(大拍手)」

 教師のデモ参加や義務教育の〝週休2日制〟が話題になっていた頃、田中の地元・新潟で開催された演説会の一節で、筆者が会場でメモを取ったものである。時に本題から〝脱線〟することもあったが、正味1時間、聴衆の誰もが熱に浮かされたように上気し、やがて満足げに会場をあとにしたものだった。田中がこの演説で、また支持者を増やしたことは言うまでもなかったのである。

 スピーチ上手は、人物の器を2倍、3倍にも大きく見せることを知っておきたい。

◆最強の説得力は「自分の言葉」で話すこと

 田中角栄は絶対の自信を持つ自らの演説などについて、「スピーチ上手への極意」を次のように語ったことがある。

「ワシの話は、聴衆が田舎のジイサン、バアサンでも、学生、サラリーマン、会社経営者でも、議員でも役人でも、誰もが分かるようにできている。つまり〝のけ者〟は一人もいない。暗い話は一切しない。誰もが『ああ、今日は話を聞いて良かった』と、心の底に何か一つでも持って帰れるようになっている。ダメな話の典型は、たいそうな話をするが、どうにも心を打つものがないというヤツだ。また、聞き手の気持ちが眼中になく、自分を売り込むことばかりの話も相手にされない。

 そのうえで最も大事なのは、〝自分の言葉〟で話せるかどうかだ。本、新聞、テレビ、あるいは友人、知人から借りた、どこかで聞いたような〝他人の言葉〟の羅列はダメだ。たとえ稚拙でもいい、とにかく自分の人生経験から得た〝自分の言葉〟で話すことだ。一所懸命で話にかわいげがあれば、聞き手は少なくとも耳を傾けてくれるはずだ」

◆黙っていても誰もついてこない

 田中は聴衆の質、数にかかわらず、演説、スピーチで会場を一体化させ、盛り上げる名手だった。特筆すべきは〝借りてきた言葉〟が一切なかったことで、自分の言葉が最強であると知っていた。政治家だけでなく、部下を抱えるあらゆる組織の上司、リーダーたる者は、スピーチ力が問われることを改めて自覚すべきである。言葉で説得せず、黙っていても部下がついてくるのは、高倉健くらいしかいないのである。

 幹事長時代の田中は、政治家として最も脂が乗り切ったといわれていた。当時の自民党本部幹事長室の職員による証言がある。

「田中幹事長の演説会があって、超満員の大盛況でした。田中さんは演説が始まる前、私を呼びつけると『いいか。ワシが話を始めて5分たったら、中身はどうでもいいからメモの紙を入れろ』と妙なことを言うんです。私が指示通りにすると、田中さんは聴衆に向かって『いまね、事務局から〝時間です〟というメモが入った。冗談じゃないね。こんな大勢に来ていただいて途中で帰れるか。ねぇ、皆さん、そうでしょ!』と言ったから、聴衆がワッと沸いた。この程度の演出など、田中さんにとっては朝飯前でしたね」

 こんな〝芸〟ができるかどうか。ここまで知恵の回る上司なら、部下がついてくること間違いなしである。



【小林吉弥】
1941年8月26日生まれ。東京都出身。半世紀にわたる永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析など幅広く活躍する気鋭の政治評論家。 歴代実力政治家を叩き台にした指導者論、組織論への評価は高い。田中角栄研究の第一人者。1968年から政治評論家となり現在に至る。
 
   

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