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29歳の女性僧侶が、受刑者に寄り添う“最年少教誨師”になった理由。「常識を常識と思えなかった」不登校時代を経て

日刊SPA!

 2月上旬に開催された「三豊地区更生保護女性会研修会」での講演を訪ねると、そこには幼少期から抱いていた“他者に対する違和感”を涙ながらに語る片岡妙晶の姿があった。
 彼女は浄土真宗興正派「慈泉寺」(香川県・まんのう町)の僧侶。宗教の教えを広める布教使であり、また、刑務所で受刑者を更生に導く教誨師でもある。「コンプレックスとして拭い切れていない」という不登校だった過去を背負い、20代で僧侶になった彼女の人生に迫った。

◆受刑者を救う「最年少教誨師」の教え

──’23年4月に教誨師となり、同年6月に香川県丸亀市にある女子少年院「丸亀少女の家」で少女らを前に初講話に臨みました。どのような内容をお話しされたのですか?

片岡:私が行うのは教養講話というもので、一般的な倫理観や道徳観などをお伝えしました。具体的には“人間には心があり、心は体と同じで栄養補給をしながらでないと生きていけないし、活動していけない”ということ。

心の栄養を得るためにどうしたらいいか。その一つに、喜びがあります。テレビアニメ『愛少女ポリアンナ物語』を題材に4コマ漫画を作成し、プリントしたものを配りました。この作品の主人公は、“喜び探し”が得意な子供。皆さんもどんな小さなことでもいいから、寝る前に一つ、その日にあったうれしかったことを思い出して眠りに就きましょう。毎日食事を摂るように、心にもご飯を与えられるような習慣をつけていきましょう。そんなお話をしました。

◆同性だからこそ、少女たちが未来を想像できる存在になれる

──片岡さんは以前noteに、“「トー横キッズと気が合いそう」という書き込みがあったので、行って来たなう”と綴られていました。少年院やトー横にいる少女たちを見て感じたことは?

片岡:“大麻の売り子を頼まれて、人に頼られたことがうれしかった”というコがいました。薬物関連や闇バイトなど、どう考えても損しかないことでも頼られると手を染めてしまう。“求められる”ことを求めている少女が少なくないということを感じました。

──片岡さんが教誨師として寄り添ってくれることを喜びと感じる少女も、きっといると思います。

片岡:少年院の刑務教官は受刑者に対して、どうしても厳しくしないといけません。だから刑務所の中でやさしさを持って接する存在は教誨師だけ。でも、そうなると依存されやすい。受刑者たちは基本的にはいつか出所するので、ストーカー被害を受けるリスクもあるんですよね。その点も女性教誨師が少ない理由だと思います。

教誨師を始める際に先輩方に言われたのは「ひたすら寄り添うのがいいことではない」ということ。相手の苦悩に引っ張られず、安心して頼ってもらえるよう、まずは己自身が精神的に自立することが重要です。ただ「丸亀少女の家」の教誨師は私以外の4人は全員男性。同性だからこそ“自分の進むべき道の延長線上にいる人”として、少女たちが未来を想像できる存在になれていることは、私の強みだと思っています。

◆“私の軸ってなんだろう?”僧侶を目指した理由

──片岡さんが僧侶になったのは、もともと“慈泉寺の子”として生まれたというのが大前提にあるかとは思います。

片岡:ええ。ただお寺の子特有の幼少期は特に過ごしていません。普通にクリスマスのお祝いもします。

──片岡さんの宗派である浄土真宗は、修行がなく、結婚も髪色も比較的自由だそうですね。

片岡:悟りたければ出家する宗派もあります。ただ修行など特別なことをしないと幸せになれないのでは、宗教として一般の人たちが取り入れるのは難しいですよね。私は浄土真宗の“修行などの特別な行動に依らない”という教えが気に入っているんです。だから夜更かしもするし昼まで寝ていることもある。動物みたいな生活をしていますよ。

──僧侶は早起きして雑巾がけしているとばかり思っていました。仏道を志したのは、芸術系の大学時代だったんですよね?

片岡:はい。大学自体はしっくりこなくて1年通って休学しましたが、学校外の活動などには参加していたんです。ある日、アパレル関係者の懇親会でファッションブランドを立ち上げたデザイナーさんや社長さんたちと出会いました。その人たちと関わるなかで、“私の軸ってなんだろう?”と考えたんです。一生を通じてやり続けられることは何か。こんなふうに考えたとき、これまで惹かれていたものは“歴史のある考え方”だということに気づきました。その根本にあるのはお寺であり、僧侶という職業かもしれない。これまで身近ではあったけど実態を知らない世界を知るため、大学を中退し、中央仏教学院へ進学しました。

──その後、ご自身のルーツである京都の真宗興正派の本山に勤務されたんですよね。

片岡:そうですね。専門学校時代もそうだったのですが、僧侶になりたくて学んでいる、働いている人たちがほとんどいないのには驚きました。“家がお寺だから仕方なく”という方たちが多かったんです。自ら僧侶になりたいという私のような存在は、周囲から鬱陶しがられていましたね。憧れて手に入れた場所の現実を受け入れられず、もうこの道では生きていけないかもと、食い繫ぐだけのアルバイトをしたこともありました。ただ“とりあえず”の仕事が私はもうできなくなっていて。そのとき、浄土真宗における仏教を世界へ広めることを専門にする布教使として活動しようと思いました。

◆他者への違和感から小学生で不登校に

──片岡さんが僧侶として布教使・教誨師を兼任していることについて、ご家族の反応はいかがですか?

片岡:家族とは“理解し合えない”という感情がお互いにあるので、基本的には関わりがありません。お寺は父が跡を継いでいますが、私は個人として、自由に活動しています。給与形態も完全歩合制ですね。

──小学5年生から不登校になり、「不登校なのは精神的な病気だから」という親の勧めで、高校からは養護学校へ行くことになったそうですね。そこから片岡さんと家族の間には何かしこりのようなものが残っているんですね。

片岡:私は学校という集団には、小学生のときから違和感を持っていました。毎日同じ服を着て、同じ時間に学校へ行き、先生が言うことは絶対。同級生に「先生の言うこと、なんで聞かなきゃいけないんだろう?」と聞けば「先生だからじゃない?」で終わってしまう。私は常識を常識と思えなかったんです。不登校になった私に対して、家族は完全に拒否反応を示していました。“常識”こそが常識で当たり前と考える人たちには、不登校などまったく理解できなかったんだと思います。

──更生保護女性会の講演でも、時折涙を流しながら学校という集団に対する違和感などを話す姿が印象的でした。

片岡:頭の中では完全に整理がついていても、感情が揺さぶられると、反射的に涙が溢れてしまうんです。キラキラした学生生活は、私にはもう手に入らない。不登校時の自分を思い出してしまうのです。当時から“死にたい”という鬱症状がありました。ただ布教使や教誨師という役割を担う上では、身をもって語れる大切なことだと思っています。それが体験として持てているのは、ひとつの才能だとも自負していますね。

◆希死念慮は「とても意味のある苦悩」

──それでも“死にたい”気持ちで心が侵食されるのは、あまりにもしんどいですよね。

片岡:私が希死念慮を抱くのは、人から与えられた不快感や攻撃に対してのリベンジ意識からです。そういうとき、自殺行為だけが相手にダメージを与える手段と考えてしまう。無意識に首を吊ろうとしている自分がいて、ふと我に返り、思いとどまることの繰り返し。その都度“自分を言い聞かせる作業”をひたすらしています。具体的には「命を賭すべきはどちらか」を問い、「自分を大切に想う人・自分が大切に想う人」を選び取り、蔑ろにする人たちに振り回されない。こうして乗り越えることが、人に対しての布教にも繫がっていく。だからこれは、とても意味のある苦悩だと思えるのです。

◆宗教は本来、人が幸せになるためにあるもの

──そもそも私たちには、なぜ宗教が必要なのでしょうか。

片岡:この5〜6年で抽象的な思考の重要性が現代社会でも見つめ直されています。芸術という観点から見ても、抽象芸術にスポットが当てられていたり、“風の時代”が注目されていたり、目に見えない力があることを無意識で感じ始めている。“心の在り方”を大人たちも理屈で学んでいく必要があるのです。それには、宗教・哲学・芸術に頼るほかない。宗教で気づき、哲学で行動し、芸術で体感する。三位一体で必要です。

──宗教という言葉自体に嫌悪感を抱く人たちもいますよね。

片岡:宗教は本来、人が幸せになるためにあるもの。“人を大切にする”など当たり前のことですが、誰が言うかによって説得力が違う。言葉に重みを持たせるため、人間力を磨く必要がある。そこに人生を尽くすことこそが真の宗教家。私自身はお坊さんに見えなくても、話すと“なんだかこの人は違うな”と思われる精神をつくっていきたい。仏教を言葉で伝えなくても滲み出るような存在になれたら、それこそが一番の布教になると思います。

Myosho Kataoka
1995年1月17日、香川県生まれ。養護学校を卒業後、京都府にある芸術系の大学へ入学。1年休学後、中退し、中央仏教学院へ。現在は実家である慈泉寺の僧侶で、布教使、教誨師として活動。’23年11月からは通信制サポート校「無花果高等学園」の運営に参画

取材・文/橋本範子 撮影/杉原洋平

―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

 
   

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