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「ヒロさんヒロさん!」長嶋茂雄と広岡達朗の知られざる関係性と“野球の神様”川上哲治との確執

日刊SPA!

現役時には読売ジャイアンツで活躍、監督としてはヤクルトスワローズ、西武ライオンズをそれぞれリーグ優勝・日本一に導いた広岡達朗。彼の80年にも及ぶ球歴をつぶさに追い、同じ時代を生きた選手たちの証言や本人談をまとめた総ページ数400の大作『92歳、広岡達朗の正体』が発売直後に重版となるなど注目を集めている。
巨人では“野球の神様”と呼ばれた川上哲治と衝突し、巨人を追われた。監督時代は選手を厳しく律する姿勢から“嫌われ者”と揶揄されたこともあった。大木のように何者にも屈しない一本気の性格は、どこで、どのように形成されたのか。今なお彼を突き動かすものは何か。そして何より、我々野球ファンを惹きつける源泉は何か……。その球歴をつぶさに追い、今こそ広岡達朗という男の正体に迫る。

〜読売巨人軍編〜
◆“ミスタープロ野球”長嶋茂雄の入団

当時の巨人の主力であった川上哲治、千葉茂、別所毅彦らの年齢が三〇を超えていたこともあり、昭和29年入団一年目から遊撃手のレギュラーで三割を超える打率を残した広岡達朗は堂々巨人の看板選手となった。二年目には、森祇晶、国松彰、宮本敏雄(エンディ宮本)、馬場正平(ジャイアント馬場)が入団。そして、プロ五年目の五八年に、あの男が巨人に入ってきた。

日本プロ野球史上最大のスーパースター、長嶋茂雄。リーグ通算8本塁打という六大学新記録を引っさげ、満を持して巨人に入団。ルーキーイヤーからあわや三冠王を獲るかという八面六臂の活躍で、打点王と本塁打王の二冠に輝く。攻走守すべてにおいて高いレベル併せ持ち、プロ野球を国技・大相撲と並ぶ人気スポーツにまで肉薄させた救世主。その華やかなプレースタイルでプロ野球という競技にエンターテインメントの要素を植え付けた国民的ヒーロー。その長嶋と広岡は、プロ野球屈指の黄金三遊間コンビとしてファンを魅了していくことになる。

「長嶋の母校である立教大の監督、砂押(邦信、元国鉄監督)さんが相当鍛えていた。そもそも、長嶋は理論もクソもなくできてしまう男。入団して四年間ぐらいは長嶋のプレーを見て、『よく捕るな、よく投げるな、うまいな』という印象があった。どんな球に対しても回り込まず直角に入る。あの守備は勉強になった。面白い男だったよ。若い頃なんか、美味しい刺身があればパーッと全部取って食べるし、集合場所に先に行って隠れて『長嶋さんがまだ来てない』ってみんなが騒ぎ出す頃になってようやく姿を見せて『長嶋さんがいらっしゃった!』ってみんなが歓喜するのを見て喜ぶ男。かわいいんだよ」

末っ子だった広岡は、まるで弟を見るような目で長嶋を語る。底ぬけにヤンチャだった長嶋がさぞ可愛かったんだろう。長嶋も「ヒロさんヒロさん」と慕い、チームメイトとは内緒でたまに二人で飲みに繰り出すこともあった。

◆〝野球の神様〟川上哲治との確執

「カワさん(川上哲治)には、入団から引退までずっと虐げられ続けた。もし水原(茂)さんがずっと監督を務めていたら、何度も三割を打ってるよ」

冗談めかして話す広岡だが、内心本気ではないかと感じさせるほど川上とは巨人時代に壮絶な軋轢を生んでいる。広岡と川上の確執の要因は、野球観の相違というより人間性が相容れなかったように思える。

広岡が早稲田から巨人に入団した頃の巨人軍はリーグ三連覇中で、名称と謳われる水原茂監督のもと、チームの大黒柱としてプロ入り一四年目の四番打者・川上哲治が君臨していた。

「一番上の兄貴と川上さんが同じ歳なんだ」

広岡が川上について初めて語るときに発した言葉だ。

一二歳離れた長兄に大層可愛がられた広岡達朗。兄弟の中でも一番大好きだった長兄と偶然にも同じ歳の川上に、何かしらの縁を感じた。一回り上の兄の包み込むような優しさを肌で覚えていた広岡が、川上への距離感を勝手に縮め、憧憬を抱くのも不思議ではない。

「カワさんはファーストの守備が本当に下手だった。『俺はこの辺りしか捕らないからな』と言って、自分の胸のあたりに弧を描く。練習中ならまだしも試合でもその範囲に来た送球しか捕らないんだから。決定的に決裂した日のことは今でもよく覚えているよ。五四年四月二七日の西京極球場での洋松ロビンス戦(現DeNA)で、八対四で勝っていて九回裏を迎えたときのことだった。ピッチャーはベテランの中尾(碩志、通算209勝)さん。俺が一塁に悪送球したんだ。悪送球っていっても大暴投じゃなくて、ちょっとジャンプすれば捕れる球。だけど、カワさんは捕らない。

結局、その次のプレーでもカワさんが捕れる範囲に送球できなくて、一点追加された。そして青さん(青田昇)に逆転満塁ホームランを打たれてサヨナラ負け……。当時は、自分のエラーのせいで負けたから監督や先輩たちに頭を下げても素通り。今だったら、エラーした選手に声をかけないほうが悪いとなるけどね。とにかくゲームが終わってひとりでいると馴染みの記者が来て『えらいことしたね〜』と声をかけられるから『申し訳ないことをしてしまった……』と答えてうなだれていた。これでやめておけばよかったんだが……つい『ファーストが下手クソじゃけ、あれくらい捕ってくれにゃあ野球はできんけぇのぉ』と広島弁で言ってしまった。それが翌日の新聞にデカデカと載って……潮目が明確に変わったのはそこから」

この“神様批判”とも取れる発言が各スポーツ新聞に掲載されたことで、巨人軍に不穏な空気が蔓延し始める。広岡は正論を言ったまでだが、世の中はそう単純ではない。日本プロ野球史上初の2000本安打を達成し“打撃の神様”と呼ばれた川上哲治を一介の新人が痛烈に批判したのだから、大きなハレーションが起こるのも当然である。

◆「いや〜巨人時代の一三年間は虐められたよ」

「確かにバッティングの練習は“神様”と呼ばれるだけあって凄まじかった。調子が悪くなると、二軍の投手を二、三人引き連れて多摩川にて二時間ぶっ通しで打ち続ける。『おい、ヒロ、わかったぞ。来た球を打てばいいんだ』って話していたこともあった。元気があるうちは色気があるから上手に打とうとする。でも二時間近くずっと打っていたら色気もなくなって、来た球を打つだけになる。それが無心。打撃には誰よりもプライドを持っていたね。打撃練習だけは持ち時間など気にせず好きなだけ打つんだけど、守備練習は一切しないから下手クソなままだった」

妄執とでもいうのか、川上は守備が下手だった分、バッティングに関してだけ鬼気迫る勢いでいつも練習していた。打撃こそがプライドの集大成だった。

ある試合前に監督の水原が川上に近づき、バッティングの手ほどきをしようとした。

「おい、カワ、こういうときはこうやって打て」

川上はしたり顏で返す。

「オヤジさん、現役時代何割打ちました?」

水原は何も言えずそそくさと離れて、聞こえるか聞こえない程度で「バッキャローが!」と呟く。

プロ野球創世記の大スターである水原にさえ、平気でものが言えてしまう。誰にも触れられないほどの自負心と自信の塊こそが川上哲治だった。広岡は「凄い」という感情を通り越して恐ろしさを感じた。それと同時に、これが巨人の四番の看板を背負うということなんだと理解した。

“神様批判”と取られた例の舌禍事件以前には、こんなこともあった。

早稲田の貴公子と呼ばれ、一年目からショートの定位置を確保した広岡には若さと勢いがあった。一方、“打撃の神様”川上は三四歳のベテランの域に達し、五四年シーズンは珍しく二割台後半をウロチョロしていた。

川上は、遠征先の宿舎でも調子を取り戻そうと一心に素振りをしている。旅館の構造上、大広間で川上が素振りしているのが二階から見え、広岡は何気なくその部屋へ向かった。

「シュッ! シュッ!」

風を切るバットの音が聞こえる。普通なら声をかけて襖を開けるものだが、何も言わずにいきなり両手で開けた。汗だくの川上は出入り口の襖の真正面にいたため、すぐに気付いた。挨拶もせずに襖を開けている広岡に向かって怒りを滲ませて言う。

「なんだ、なにか用か!?」
「カワさんも苦労してますね」

広岡はいたずら小僧のように思ったことを口にし、それだけ言って帰ってしまった。

「なんだあいつ」と流せたら良かったが、人一倍プライドが高い川上は「あのやろ〜!」と頭に血を上らせた。

二二歳の若輩者ゆえ、調子に乗っていたと思われても仕方がない。ただ、このときは決して川上を愚弄したわけではない。長兄と同じ年の川上に親近感を持ってかけた言葉だ。しかし、川上はそんなこと知ったこっちゃない。クソ生意気な新人、おまけに六大学出身ということも鼻についた。

人間は相手から嫌われているとわかると自らの感情を変化させる。川上に兄を重ね、慕いたかったはずの広岡。だが、川上から疎まれて嫌がらせをされるようになったことで愛憎一体の感情が芽生え、互いに火花を散らすようになっていくのであった。

「いや〜巨人時代の一三年間は虐められたよ、でもよくやったと思う」

一瞬何か思い詰めたような顔をすぐさま打ち消し、目尻を垂らして笑いながら言った。

―[92歳、広岡達朗の正体]―



【松永多佳倫】
1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。
 
   

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