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プロレスファン以外こそ観るべき 『アイアンクロー』は価値観の呪縛を解き放つ

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エリック兄弟の父親、フリッツ・フォン・エリック(本名ジャック・アドキッセン)は、1931年ドイツ・ベルリン生まれのユダヤ系移民という設定で活躍したプロレスラー。背中に鉤十字を纏い、アイアンクローという右腕一本で富を稼ぎトップに立った、アメリカンドリームの体現者でもある。
彼は、1966年12月3日、インターナショナル・ヘビー級選手権でジャイアント馬場と対戦。血の乱打戦を繰り広げ、徹夜組を含め1万4000人の大観衆が押し寄せ、日本武道館初のプロレス興行を超満員にし、大成功させたスーパーヒールだ。

日本で活躍した後、ダラスで選手兼プロモーターとしWCCW(ワールドクラスチャンピオンシップレスリング)を旗揚げし、ファミリービジネスを始める。

このエリック兄弟の主戦場WCCWに登場し、ケビン、デビッド、ケリーの実践トレーナーとして、インサイドワーク、テクニックを教えた、ザ・グレート・カブキは、「エリックの親父は絶対的だった」と証言している。劇中でもあるとおり、息子たちは皆、親父の言うことには常に「イエッサー」と答えていたそうだ。語弊を恐れずに言えば、テレビのドキュメンタリー企画で見た亀田三兄弟と親の関係に似て見えた。

プロレス史上最大の悪役のひとりとして数えられる有名な父親は、自分が巻くことがなかったベビー級世界王者のベルト奪取、兄弟すべてを世界チャンピオンにすることを目標に掲げ、彼をレスラーとして厳しく育てる。

甘えることは許されず、困ったことは「兄弟で解決しろ」と言われ、兄弟の死に直面しても「涙を見せるな」と追悼試合の話を始める。兄弟は弱音を吐くことは許されない。鍛え上げられた肉体がマッチョであればあるほど、対比的に彼らの心の弱い部分が浮き彫りになる。

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だからこそ、彼ら兄弟は一緒にいることを望んだ。年長であるケビンは優しい頼れる兄貴であろうとした、デビッドは父に一番の期待を寄せられながらも兄を気遣い、夢破れ里帰りしたケリーは兄弟に温かく迎えられレスラーとして再起する。そんな兄たちをマイクはとても慕っていた。彼らは、とても仲の良い兄弟だった。

しかし、いつの日か賑やかだった食卓が度重なる悲劇の果てに静まり返っていく。その原因は「〜してはいけない」「〜あるべき」という厳格な父の言葉に兄弟たちが縛られて心を潰されてしまったからだ。マッチョイズムに耐えられなかった「呪われた一家」の描き方は、ある種、アメリカという国の失敗を描いているようにも見えた。

エリック兄弟を演じたザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン、スタンリー・シモンズ皆、肉体づくりだけでなく、この辺りの心の機微を表現する演技力が素晴らしい。くわえて、男臭い物語のなかでモーラ・ティアニーが演じた兄弟の母親ドリス、リリー・ジェームズが演じたケビンの恋人パムといった女性たちの目線が描かれている点も注目してほしい。

強さからの解放 弱さの肯定

プロレスラーの悲哀を描いた映画に『レスラー』(2008)がある。かつてスターだった中年レスラーが、試合後に心臓発作で倒れ、医師から引退を宣告され、自身の人生を見つめ直す物語だ。長らくハリウッドを離れていた主演のミッキー・ロークと主人公の状況が重なり話題を呼び、ヴェネツィア映画祭金獅子賞、ゴールデングローブ主演男優賞を受賞した。

レスラー、ボクサー、格闘家をテーマにしたスポーツ映画の名作は多々ある。その多くは主人公が再起する話。しかし、本作『アイアンクロー』は解放の物語だ。不幸に見舞われていたエリック一家にかけられていた呪いがなんだったのかは、物語終盤に明らかとなる。四兄弟は、アイアンクローのように、父から植え付けられた価値観が、頭に食い込み締め付けられていたのだ。

こういった呪縛は、なにも彼らアスリートだけにかけられているものではない。「〜しなきゃならない」といった過度な義務感に苦しみ囚われている人は少なくないだろう。多様性だなんだと言っても、周囲を無視して我が道を行く強さを持つ人がどれくらいいるだろうか。

本作は筋肉隆々の兄弟の話だが、最後は弱さを肯定してくれる。スポーツ映画では、肉体の衰えを感じた主人公を客観的で応援するような見方をしがちだが、本作では、家族の関係性での苦悩といった精神面にスポットを当てているので、一般の我々にも共感がしやすい。

事実に基づく作品のストーリーは、ファンならあらすじがわかってしまう。しかし、どこで終わらせて、どうアレンジするかは作品次第。本作ラストシーンの魅せ方は、ただのプロレス伝記もので終わらせないドラマがある。
肩肘張って生きてお疲れ気味の人は映画館に足を運んで観てほしい。


文 / 小倉靖史

作品情報 映画『アイアンクロー』

1980年初頭、プロレス界に歴史を刻んだ“鉄の爪”フォン・エリック一家。父フリッツは元AWA世界ヘビー級王者。そんな父親に育てられた息子の次男ケビン、三男デビッド、四男ケリー、五男マイクら兄弟は、父の教えに従いレスラーとしてデビュー、“プロレス界の頂点”を目指す。デビッドが世界ヘビー級王座戦へ指名を受けた直後、日本でのプロレスツアー中に急死。さらにフォン・エリック家はここから悲劇に見舞われる。すでに幼い頃に長男ジャックJr.を亡くしており、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになったその真実と、ケビンの数奇な運命とは‥‥。

監督・脚本:ショーン・ダーキン

出演:ザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン、モーラ・ティアニー、スタンリー・シモンズ、ホルト・マッキャラニー、リリー・ジェームズ

配給:キノフィルムズ

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