人生のステージが変わるたび、女の友情はカタチを変える。
そしてドラマの舞台も…。夜の港区から、昼の港区に変わるのだ。
20代は深夜の西麻布で、30代は昼の麻布で。女たちは時に嫉妬し、時に優越感に浸る。
これは大人になった女たちが港区で繰り広げる、デイゲーム。
◆これまでのあらすじ
独身の友達・菜々緒とランチに行き、優子の夫・平井平蔵と2人で飲みに行っていることに対して、苦言を呈したサトミ。家に帰ると悲惨な光景が広がっていて…。
▶前回:「友達の夫との密会はルール違反でしょ!」独身女を問い詰めると、絶句するような返答が…
きっかけは夫との大ゲンカだった
「ちょっと、起きて!!」
私はリビングに入るなり、大声で夫を怒鳴りつけた。
なのに夫は寝ぼけているのか「うーん」とうなるばかりで起きる気配がない。
土曜日の昼。友達の菜々緒と出かけていた数時間、1歳の息子は夫に預けていた。
いつもより長く家を空けてしまったのが悪かったかもしれない。
しかし…。
帰宅後に待ち受けていたのは、あまりにも悲惨な景色だった。
夫が息子を放置し、ソファでうたた寝をしているではないか。
床にはなぜか綿棒が散乱していて、使用済みのオムツが転がっている。
床暖房の温度設定が高すぎるのだろう。室内は25度で暑い。しかも、加湿器は止まっていて、部屋がカラカラに乾燥していた。
― ひどい…ひどすぎる。
私は、息子のそばに駆け寄り、裏起毛のトレーナーを脱がせた。背中は汗ばんで、顔が火照っていた。
「ごめんね!暑かったよね」
私は床暖房を切り、声をかけながら息子を抱き寄せた。
麦茶を飲ませると、すごい勢いでゴクゴクと飲んでいる。
― 脱水にでもなったら、どうすんのよ!
私は夫にかなり腹が立ち、殴りかかりたい気持ちになったがグッとこらえて言った。
「この子にもしものことがあったら、一生恨むからね。そもそも寝てるってどういうこと?」
「あ、え…サトミ!どうしたの!?」
夫は私の大声に驚いて起きたが、まだ事態を把握できていないようだ。
私は、ため息をついて息子を抱き上げて、リビングルームを離れた。
「信じられない…」
息子に対しての愛の大きさに違いがあるのは、ある程度は仕方がないと思っている。
お腹の中にいる時から今日まで毎日、ずっと一緒にいるのは私だから。
でも、もう少しあれこれ気づいてくれたらいいのにと悲しくなった。
暑いか寒いか、喉は乾いていないか、お腹が空いていないか…。私は、常に息子を気にして生活している。
ちょっと目を離した隙に、何か誤飲しないか気になるし、頭を打ったりしないか常に心配なのに、夫は平気でテレビやスマホに夢中になれる。
その感覚が、まったく理解できない。
息子を抱きながらそんなことを考えていると、さらに憤りを覚えた。
「このまま、ママとお散歩しに行く?」
そう息子に話しかけて出掛ける準備をしていると、部屋のドアが開いた。
「サトミ、ごめん」
変な寝癖をつけた夫が、私に向かって頭を下げる。
「昨日も会食で帰って来たのは夜中だし、二日酔いもあるし疲れていたんだ」
「はぁ…これからは本当に気をつけてね」
これ以上のケンカになるのを避けたくて、私はリビングに戻った。
「ほら。俺が抱っこするよ。あっちでパパと遊ぼう?」
夫は、罪滅ぼしのためなのか、息子と全力で遊び始めた。
「そんなことで帳消しにはならないっての」
私は小声で言ってから、クローゼットへ向かう。
部屋着に着替えている途中、夫のジャケットのポケットから覗く領収書を、なんとなく手にとった。
私も行ったことのある、お寿司屋さんの領収書だ。
― 自分ばっかり美味しいもの食べて…。
そう思ってからもう一枚の領収書を見ると、さらに怒りがわいた。
「なにこれ。接待だからって、一晩でこんなに使ってるの?」
なんの店かわからないが、銀座で40万近く使っていたのだ。
私は、なんとも言えない気持ちになり、夕飯を作る気がすっかり失せてしまった。
―― 会食は仕事 ――
これは、夫が私によく言う言葉だ。楽しくない食事だし、ずっと仕事の話をしているのだと。
とはいえ、最初から最後までずっとそうではないだろう。
そもそも仕事だろうがなんだろうが、外に飲みに行けることが、私は心底うらやましかった。
― 私は妊娠がわかってから、一度も夜飲みに出かけてないのに…。
結婚する以前、西麻布や六本木界隈で毎晩のように飲んでいたのが嘘のように、私はすっかり母になってしまった。
「子どもが欲しい」という思いが強かったのは、どちらかといえば夫の方だ。
だから、私は妊娠中からいろんなことを我慢して、命がけで子どもを産んだ。
ホルモンバランスの崩れからくる精神の脆さや、育児への不安や体の痛みと戦いながら、女は母親になるのに、男は何も変わらない。
何も変わらないのに、父親になれる。それって不公平ではないだろうか。
子どもがいる女が家を空ければ非難され、男が育児をするとイクメンだと褒められる。
ある程度は仕方のないことだと思ってきたけど、いいかげん不満が爆発しそうだった。
その日の夜、息子を寝かしつけた私は、夫にある提案をした。
「寝かしつけが終わった21時以降なら、私も飲みに行ってもいいよね?」
息子は朝までぐっすり眠るし、スリーパーを着せている。ベッドにも柵をしているから安全だ。
夫に預けるより安心して出かけられる。
「え…いいけど。誰と?どこに行くの?」
「あなたは誰と会っているかを言わないのに、私には報告義務があるの?それっておかしくない?」
「そうだけど…」
夫は、息子のことが大好きな私が、そんなことを言い出すとは思っても見なかったのだろう。わかりやすくオドオドしている。
「誰でもいいでしょ別に」
私はそう言いながら、リビングで、Instagramに今日行った酵素浴サロンのPR投稿をした。
― うーん。誰を誘おうかな…。
夜出かけると言ったものの、21時以降に一緒に遊んでくれる人が思いつかない。
菜々緒には今日会ったばかりだし、優子にはうちと同じく1歳の子どもがいる。
他の数少ない独身の女友達を誘おうにも、申し訳なさの方が勝ってしまう。
「よし。ひとりで行っちゃおう!」
ひとりで深夜までやっているレストランで食事し、その後どこかホテルのバーにでも行こうと思った。
そう計画するだけでも、ワクワクする。
◆
1週間後の平日。私は早速、計画を実行した。
「じゃあ、行ってくるね」
「あまり遅くならないでよ?いってらっしゃい」
夫はどこかソワソワしている。
夜の街に映えるよう濃いめの化粧をした私に、何か思ったのだろうか。
それとも息子が夜泣きしたらどうしようとビビっているのだろうか。
― まぁ、なんでもいいけど。
産後、私たちは夫婦としての夜のツトメを果たさなくなった。
拒否したのは夫の方だ。
理由をうやむやにされたまま、「もう少し待って」そう言われ、1年が経ってしまった。
世の中には、そういうことがなくなってラッキーだと思う女性も多いだろう。
だけど、私はちがう。いつまでも女性として見られたいし、そういう人と暮らしたい。
それを夫に求めてはいけないのだろうか。
私はそんなことを悶々と考えながら、予約した『カゲロウプリュス』のカウンターに着席した。
夜にひとりで食事してお酒を飲むなんて、いつぶりだろうか。
遅い時間だとアラカルトで食べられるのが、この店の魅力だ。私は心を躍らせて、何を食べようか考えていた。
すると、同じくカウンター席に座っていた男女が会計を済ませ、立ち上がった。
「ごちそうさまでした。また来ようね!」
「……はぁ」
女性は上機嫌なのに、男性はテンションが低い。ケンカでもしたのだろうか。
せっかくのひとりの時間に、他人のことなど気にしたくなかったのだが、会話が耳に入ってきてしまう。
どんなカップルなんだろう?という好奇心で、店の出口に目をやる。
すると…。
― えっ…!
私は思わず、口に手をやる。
そのカップルの男性は、優子の夫である堀井平蔵だったのだ。
東京は狭いなぁ、と妙に感心していたのだが、女性の方を見てさらに驚いた。
なぜなら、先日挙式をしたばかりのあの友人だったから。
私と、優子と、菜々緒が7年ぶりに再会したあの結婚式の日、高砂に座っていた“新婦ちゃん”だ。
優子の夫は、よほどの女好きなのだろうか。
だとしても、優子と結婚しているくせに、好き勝手やりすぎな気がする。
菜々緒との食事は仕事仲間だから。私にメッセージを送ってきたのは、私が優子の友達だから。
そう思って無理やり納得してきたのに、混乱と気持ち悪さで、変な感情が湧き上がってくる。
― 今すぐ優子に連絡したい…!
そう思ったが、この時間に気持ちが揺らいだら、優子は今夜眠れなくなってしまうかもしれない。
翌日の育児に響いたらかわいそうだ。
私は、手に持っていたスマホをテーブルに置いた。
「すみません、注文いいですか?」
まずは、シャンパンを飲んで気持ちを落ち着かせよう。そう思い、大きく深呼吸をした。
◆
【登場人物】7年ぶりに再会した32歳女たち
▶前回:「友達の夫との密会はルール違反でしょ!」独身女を問い詰めると、絶句するような返答が…
▶1話目はこちら:夜遊び仲間の“悪友”に7年ぶりに再会。環境が変わっても女の友情は成立する?
▶Next:12月10日 土曜更新予定
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2022年12月3日